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2章 ⑤

 突然、ぐいっと肩を引かれた。白い大きな背中に遮られ、前が見えなくなる。 「すみません、自分のミスです。急いで作り直しますので、少しの間お時間いただけないでしょうか」  真治が出てきて、透瑠と客の間を遮っていた。狭い店内だ。女性客の声は奥の厨房まで聞こえていたらしい。  無骨ながらも、誠実さを感じさせる言い方だった。真治はその場に跪いて、頭を下げた。 「え……でも……」  女性客が次の言葉を発しようとした時、入口のベルが激しく鳴った。 「わーい、やっと打ち合わせ終わったよ〜っと……」  怜がドアを大きく開いて登場したが、入ってきた途端、状況を素早く察知したようだ。  透瑠は怜を真っ直ぐ見つめた。怜の顔を見たら、なぜか泣きそうになった。  怜は透瑠を見て、微笑んだ。そしてつかつかとこちらの席に向かって来て、 「こんにちは」  と、女性客に満面の笑顔を見せた。 「こ……こんにちは」  いつもの怜ではない。猫を被った偽りの姿だが、普段の怜を知らない人が、この美貌で微笑まれたら、誰でも釘付けになるだろう。 「ハンバーグランチ、頼まれたんですね。僕もいつもそうなんですよ」  あ、ここ座っても? と、女性が返事もしないうちに向かいに座り込んだ。 「特にこのチーズとトマトソースは絶品! 冷めないうちに是非、召し上がってください」  そしてまたにっこり。 「あ、あらそう? 実はトマトも美味しそうって迷ったのよね……じゃあもうこちらでいいわ。お騒がせしてごめんなさい」  怜は笑顔を崩さず、 「ごゆっくりお過ごしくださいね」  と席を立った。 「申し訳ありませんでした」  と真治がまた深々と頭を下げたので、慌てて透瑠も同じようにする。そして厨房へ引き下がると、そこで腕を組んでニヤニヤしている怜と目が合った。 「……このペテン師め」 「ええ〜、何その言い方。丸く収まったんだから、結果オーライでしょ」  ね? と、透瑠に向かってウィンクしてくる。マスターのと違って完璧だ。  透瑠はどぎまぎしてしまい、 「……いつもナポリタンのくせに」  ふいっと顔を背ける。 「ええ〜、透瑠くんまで。俺のおかげで助かったでしょ?」 「その顔に産んでくれたご両親に感謝だな」  真治ヒドイ、言いながら、怜は奥のマスターの様子を見に行った。

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