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3章 ③

「……ご、ごめんなさい」  リュミエールで毎日見てはいるが、いつも売り切れてしまうのだ。だからと言って、自分で買う余裕はない。 「謝る必要はねえ。――どれがいい?」  と、ショーケースを指差す。 「え?」 「せっかくだから食ってけよ。うちは紅茶なら腐るほどあるぜ」 「私がハマってるのよ。今日のオススメは……これかな」  カウンター越しに、真治の母が茶葉の入っているであろう、大きな缶を持ち上げた。    カウンターの端で、真治が紅茶を淹れはじめ、華やかな香りが店内に広がる。  幸い、他に客はおらず、ゆっくりショーケースを眺めることができた。どれも美味しそうで迷う。  結局、定番のショートケーキにした。 「いただきます」  と手を合わせる。紅茶の入ったカップを持って来た真治が、向かいにどかっと座り込んで、両腕を組んだ。  じっと見られていると食べにくい。落ち着かなくて、上目遣いに真治を見上げながら 「あの、俺は……なんの絵を描けば……」  ああ、と真治は首をぐるっと一度回して、 「……その、ショーケースの値札を描いてほしいんだけどよ。ケーキって中身見えねえだろ? 文字で説明するより絵があった方が分かりやすいかと思ってよ……んで、どうせなら女性受けするような可愛いのがいいかなと思って」  一気に説明して、真治は黙り込んだ。『可愛い』という言葉がものすごく似合わない。 「はあ……」  とりあえず、目の前のケーキに口をつけてみる。 「あ、美味しい」  生クリームの濃厚な甘さ。柔らかなスポンジはふわふわとした食感で、生クリームと苺の酸味と絶妙にマッチしている。  ふふふ、と真治の母が笑いを堪えきれないといった感じで、 「ショートケーキ、真治が一番苦労したやつだもんね。お父さんに毎日怒られて」  と、カウンターに肘をついて身を乗り出してきた。 「もう、口挟んで来るなよ」  太い眉を寄せて、真治が手を横に振った。 「水沢さん、よかったらあとで作ってるところ見る?」 「あ、はい、ぜひ」  絵を描く参考になりそうなのでそれは願ってもないお誘いだった。  じゃあごゆっくり〜、と奥へ姿を消した母親を睨みながら、真治はため息をついた。

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