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3章 ⑤
「マスターが、怜さんモデルにしたらって言うんですけど、ちょっと…整いすぎてて」
怜を見ていると、眉目秀麗、という言葉がこれほどぴったりくる顔があるだろうか、と思ってしまう。
「あいつはなあ…黙ってればな」
「黙ってればですね」
そこは激しく同意する。
「……あいつさ、ガキの頃けっこうイジメられててさ」
カップを手に、真治が話し出す。
「多分、やっかまれてたんだよな。お高くとまってるみたいに思われて。中身、あんなへなちょこなのにな」
確かに、と思いながら透瑠も手を休めてカップを手に取る。
「んで、本人も否定しないっつーか……『顔は生まれつきだからしょうがないだろう』ってよく言ってたけど。敢えてイジメ受け入れるみたいなスタンスだったからさ。ますますエスカレートするだろって」
真治の話を黙って聞いている。紅茶の香りが鼻をくすぐる。
「もっとうまく立ち回れよって、なんか俺もイライラしてきてさ。まあ俺がいると奴らあまり怜にかまってこなくなって、なんかそれからダラダラと……腐れ縁だな」
その頃を思い出すように目尻を細めた。
「まあ根性はあるよ。バカだけど。それだけは認める。どんなにイジメられてても、芯は曲げないぞって。多分、そこが好きで俺も一緒にいるようになったんだろうな。あ、好きってそういう意味じゃないぞ」
くすりと、透瑠も一緒に笑う。
「……お前、だいぶ笑うようになったな」
「え?」
小さくてよく聞こえなかった。
「いや、なんでもねえ。邪魔して悪かったな」
そう言うと、真治は透瑠の頭をくしゃりと撫でた。
***
ショーケースに並んだ値札を眺めて、しばし自己満足に浸る。
「あら〜可愛くなったわ。ありがとうね透瑠くん。厨房がむさ苦しいから、ここだけ華やかだわ〜」
真治の母が、両手を叩いて喜んでくれた。
「……ありがとな。助かった。思ったより時間取っちまったな」
その隣で、真治が後ろ頭を掻きながら言った。
「いえ、俺も楽しかったんで。ありがとうございます」
透瑠はペコリと頭を下げた。
「……お前な、いいかげん敬語やめろ」
真治が指先で透瑠の額を突付いてきた。
「え、え?」
いきなりのことで、透瑠は狼狽えた。
くすり、とそんな透瑠をみて真治が笑った。
「なんか礼しないとって考えてたんだけど。何がいい?」
「いえ、そんな……お礼なんてっ」
有意義な時間を過ごさせてもらって、ゆっくり時間を過ごす楽しみも味わって。こっちがお礼したいくらいだ。
「ん〜、じゃ貸しひとつな。なんか俺に出来ることあったら言え」
クスクス笑いながら、真治の母が小さな袋を透瑠に手渡した。
「ホントにありがとうね。うちのお菓子で申し訳ないけど……これはほんの気持ち」
「いえっ、そんな……」
「また、何かあったらお願いねってことで」
そう言って微笑んで、袋ごと両手を包んでくれた。その手はとても温かかった。
***
今日は『カレー始めました』の看板を出してから初めてのランチタイムだ。カウンターでいつものように準備を進めつつも、そわそわしてしまう。
やがてベルが揺れて、いつものように怜が「こんちは〜」と顔を出す。
「へええ、マスター、カレー始めたんだ。いつの間に俺に内緒で……っ!?」
怜が透瑠の描いたポップの前で硬直した。
なんだこいつ。なんか変なのか?
きっと次の台詞は文句か悪口だろうと心の準備をしていると、
「……こ、このイラスト描いたの誰?」
怜は透瑠が描いた『カレーくん(仮名)』を指差して、声を震わせた。
「ああ、透瑠くんだよ」
マスターが事も無げに口を挟む。
ああ……どうせからかわれるんだから、こいつには言わないでほしかった。
そう思った途端、怜が正面から透瑠の両肩をガシッと掴んできて、心臓が止まりそうになった。
「な、なんだよっ」
「――ちょっと、これ借りてっていい?」
真剣な眼差しに、透瑠は黙って頷くことしかできなかった。
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