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4章 ①
カラン、とベルが鳴った。
怜 かと思ってドアの方を見てしまう。今日は珍しくランチタイムに顔を出さなかった。
「あっ、こないだのおにーちゃん!」
そう言って抱きついてきたのは、以前一緒にお絵描きした男の子だった。
「こら、コウちゃん。いきなりは失礼でしょ。――ごめんなさいね、この間すごく楽しかったみたいで」
「またおえかきしよう! ね? 今日はクレヨンもってきた!」
男の子に手をぶんぶん振られて、透瑠は困ってしまってマスターを見た。
「こっちは平気だよ。一緒にお絵描き楽しんで」
と、カップを拭きながら微笑んだ。それを見て母親が、
「すみません、お仕事中なのに。相手してもらっても大丈夫ですか?」
「は、はい……」
「助かります。私も今日締め切りで……ありがとうございます」
ペコリとお辞儀をして、母親はブレンドお願いします、とマスターに注文した。
「――おい、透瑠」
奥の席からヤスさんが手招きしている。今日は珍しく一人で文庫本を広げている。
「今日はお仲間来ねえからな。このテーブル使え」
「あ、はい……ありがとうございます」
お言葉に甘えて、四人がけのテーブルにコウちゃんと横並びに座る。古ぼけてはいるが、手入れの行き届いたベロア生地のソファは座ると包みこまれるようで気持ちがいい。
「人に感謝されると嬉しいだろ」
正面からヤスさんが呟くように言った。
「嬉しいと、自分も誰かに感謝したくなる。『ありがとう』って言えば言うだけ、感謝が世の中を回って自分に返って来るんだ。覚えときな」
「は、はいっ」
「よし」
ヤスさんまで頭を撫でてくる。なんだかこの街に来て、頭を撫でられることが増えた気がする。
「あ、じゃあおれも」
と、なぜかコウちゃんまでもソファに膝立ちになって透瑠の頭を撫でる。
さすがに恥ずかしくなってきたが
「あ、ありがと……」
と小さく呟いた。
「ズルい」
いきなり後ろから声が聞こえたので肩がびくっと震えた。声で誰かはすぐに分かった。
「怜。珍しいなこんな時間に」
ヤスさんが透瑠の背後を陣取る人物に声をかけた。コウちゃんが目を見開いてその顔を凝視している。
「今日お昼まだだから……ズルい」
何がズルいというのだろう。
「透瑠くん、俺がやると嫌がるのに……ヤスさんにもこの子にもナデナデさせてズルい」
そこか!?
「アホらし」
なぜかその台詞は二重になって聞こえた。
ヤスさんの声ともうひとつ、いつの間にか店に入ってきた真治がテーブルの横に仁王立ちしていた。
「何だ、お前まで」
「マスターに誕生日ケーキ頼まれたんで打ち合わせに。ちなみに透瑠は俺がやっても嫌がらないぞ」
ニヤリと得意気に怜に笑いかけて、透瑠の頭をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。
「うわっ」
真治の力強い手が乱暴すぎて、思わず肩を竦めた。
「あーっ、真治までズルい! 俺も!」
「お前そんなんだから『残念なイケメン』って言われるんだよ!」
「別に言いたい奴には言わしとけばいいだろ!」
「あーっ、おれももういっかい!」
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