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5章 ②
エプロンで手を拭きつつ、マスターと一緒に玄関で出迎える。灯里は大きなトランクをドスンと置いて、マスターに抱きついた。いつ見てもこの夫婦は仲がいい。
「透瑠も元気してた? あ〜、やっぱり家が一番ね! あら? この靴誰の?」
目ざとく怜のスニーカーを見つけると、灯里はトランクを置いたままリビングヘ向かった。
「あーっ、やっぱり! 怜久しぶり〜!」
透瑠が後を追うと、灯里に頬をむにむにされている怜が目に入った。
「灯里さん〜や〜め〜て〜」
イヤイヤをする子供みたいに首を横に振って逃れようとしているが、灯里は全く離そうとしない。
「も〜、なんであんたはそうなの? 黙ってればお人形みたいなのに、喋ったら台無し!」
「これが俺なんだからしょうがないでしょ!」
ようやく頬を離してもらって、怜は両手で擦った。少し涙目になっている。
毎回これなら苦手になるかもしれない。
「いただきまーす」
四人でテーブルを囲んで、新作カレーに舌鼓を打つ。灯里と怜は初めての試食だ。
「あ、いいわねこの味。さすが駿ちゃん」
灯里がぐっと親指をたてる。怜も口をもぐもぐさせたまま、何度も頷く。
「よかったよかった。おかわりあるからね」
怜が空にした皿を差し出したので、透瑠はまた多めにカレーを注いでやった。
食後、マスターの淹れてくれたコーヒーと真治の店の焼き菓子をつまみながら、怜がそれでは、と例のポップを出してきた。
「あら可愛い。怜が作ったの?」
「透瑠くんが描いたんだよ」
とマスターがほくほくしながら言うと、灯里が目を見開いて透瑠を見た。
「すごーい! 怜より上手いんじゃない?」
そういえば、怜の仕事が何か聞いたことがなかった。絵に関する仕事だろうか。
さすが我が息子、と灯里にわしゃわしゃ頭を撫でられる。それをジトっと横目で怜が見ているのが分かったが、見ないふりをした。
コホンと咳払いをして怜が話を続けた。
「この度、正式に上司の承認がおりましたので……水沢透瑠さんを今回イラストレーターとしてオファーすべく、ご本人とご家族の承諾をいただきたく……ですね」
いそいそと鞄から書類を取り出す。
「えーと……ハンコください」
にっこり微笑む。
「全く説得力ないけど、笑顔でごまかせるわね。詐欺師になれそう」
と灯里が言うのを
「ヒドイ! 灯里さんヒドイ!」
「あんたちゃんとプレゼンとかできてんの? 質疑応答とか答えられんの?」
「詰まったらディレクターが答えてくれるもん」
「人任せじゃない! あんたももうすぐ三十路なんだからさあ……」
「うわああ言わないで〜」
話が全く見えない。
ぎゃあぎゃあ言い合いをしている二人を尻目に、マスターが説明してくれた。
「要するにね、怜くんの仕事を手伝ってほしいってことだよ」
「怜さんの仕事って……」
そこで灯里の攻撃から逃れた怜がきょとんとして、透瑠を見た。
「あれ? 俺の職業言ったことなかったっけ。グラフィックデザイナー。広告作るヒト」
詳細は企業秘密もあるから事務所でね、と言われ今日はお開きになった。
「あ、俺今日車だから。透瑠くん送ってく」
「え、いいよ。歩いて帰れるし」
「まあ、夜遅いし送ってもらいなさい。また明日ね」
「透瑠、明日もごはん食べにおいでね~」
マスターと灯里に見送られ、怜の車が走り出す。灯里さんまで呼び捨てだよ、とブツブツ言っているのが気になったが無視する。
家はここからは目の鼻の距離だ。別に送らなくていいのに。怜と二人きりの空間は少し緊張するから嫌なのだ。
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