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5章 ③

 助手席で黙ったまま流れる夜景を眺める。 「……あの、大丈夫だった? ちょっと強引だったかな」  おずおずといった感じで怜が口を開く。 「もしかして許可がおりなかったら、ぬか喜びになるかと思って言えなかったんだ。びっくりさせたらごめん」  透瑠が何も言わないので、怜は焦ったようだった。 「透瑠くん?」  怒っているわけではない。ただ、びっくりはした。それを隠したくて、不愛想な返事になってしまう。 「別に。いいよ。絵を描けばいいんだろ」 「うん、まあ……そうなんだけど。あの、とりあえず説明受けてから、嫌だったら断ってもいいからね」  どうしてそんなにおどおどしているんだろう。それが余計に透瑠の神経に触った。 「もう分かったから。怜さん黙ってて」  怜はしゅん、として口を閉じてしまった。ちょっとキツく言いすぎたかもしれない。沈黙が流れる。  やがて透瑠のアパートの前に着いてしまい、怜が車を止めた。 「……送ってくれてありがと」  ぼそりと礼を言ってシートベルトを外そうとすると、怜が急にがしっとその手を握ってきた。 「なに……っ」  いきなりのことで、心臓が飛び出そうになる。  怜が、透瑠の顔をまっすぐに見つめる。夜の乏しい灯りの中でも、その綺麗な顔はやはり顕在だった。 「俺は、透瑠くんの傷つくことはしたくないから」  真剣な表情の怜が、瞬きもせず一気に言葉を紡いだ。 「だから、ちゃんと本音を言ってほしい」  どくどく心臓が音を立てて、血の流れが早くなっているのが分かる。手を。離してほしい。 「わ……かったから。嫌だったらちゃんと断る」  そう言うと、怜はほっとしたように手を離した。 「うん。じゃあ今度定休日の日に事務所連れて行くから。……よろしくお願いします」  ちょこんと頭を下げる。そして、おやすみ、また明日ねと微笑んだ。 「お、おやすみっ」  透瑠は急いでシートベルトを外すと、車から飛び降りた。怜は笑顔のまま手を振って、またエンジンをかけた。  走り去る車を見送りながら、透瑠はさきほどまで握られていた手をもう片方の手で握った。  心臓の動悸はなかなか収まってくれなかった。

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