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7章 ②

   ようやく怜の隣に座れたのは午後2時のランチタイム終了からだいぶたった後だった。これからしばらく静かになる。ご隠居仲間も今日は別のイベントがあるとかで朝から来ていない。マスターは買い出しに出かけている。  ――二人きりだ。透瑠は妙に意識してしまった。 「お待たせ。……OK出ないんだな?」 「うん……三角さんが言うにはね、描けてるんだけど、楽しい感じが伝わってこないんだって」 「楽しい……」  透瑠には、ない。楽しい思い出なんて。いつも苦しかった。寂しかった。つらかった。そんな思いばかりが胸を突き上げてくる。  楽しいってなんだ。今まで楽しいことなんてひとつもなかった。  だんだん、腹がたってきた。 「……だいたい、親子で楽しんだ経験がないのに、どうやって何を描けばいいんだよ。もう、わかんねえよ……っ!」 「透瑠くん」  バン、と音をたててカウンターを拳でたたく。この店に来て、こんなに感情を外に出したのは初めてかもしれない。 「無理だよ、俺にはもう……そんなん、描けって言われても……空っぽなんだからっ」  今までの鬱憤がせきを切ったように溢れ出す。  やっぱり俺には荷が重すぎたんだ。ちょっと褒められたからって調子に乗って。やれるなんて思ってしまったけど……無謀だったんだ。こんなことなら最初から引き受けなきゃよかった。  ヘンに意地張って、大人ぶってみたって所詮は世間知らずの子供なんだ。  怜に子供扱いされて嫌だった。ただそれだけだった。バカみたいだ。  でも今さら後悔しても遅い。 「透瑠くんっ」  全身を、温かいものに包まれた。  怜が、透瑠の体をぎゅっと抱きしめていた。 「怜……さん」 「空っぽなんかじゃないよ。透瑠くんは素敵なものいっぱい持ってるから」 「俺が、何を持ってるって言うんだよ……」 「透瑠くんの絵、優しいもん。見てたら心があったかくなる。こんな絵を描ける人が、空っぽのわけない」  怜の腕に力がこもる。 「今、ちょっとだけ、心の泉が涸れてるだけなんだよ。ちゃんと、あるから。泉が。――俺が、水を注ぐから」  じわじわと怜の言葉が染み込んでくる。目頭が熱くなってきて、一筋、涙がこぼれた。  それに気づいた怜が、涙を指でそっと拭った。 「……俺の父親が昔言ってた。人は、幸せになるために生まれてくるんだって。だから、幸せになるための努力を惜しんじゃいけないって」  そのまま頬に手を添えられる。 「……俺って昔、イジメられてたんだけどさ」  前に真治から聞いた。

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