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8章 ③
***
初めてのジェットコースターは、すごく興奮した。なのでつい調子に乗ってしまったかもしれない。
怜にせがんで3回目を乗り終えたところで、怜の異変に気づいた。
「――はい、水」
「……ありがと……」
ベンチでぐったりしている怜に、ペットボトルを渡す。
「あんた、馬鹿じゃねえの? 苦手ならなんで先に言わねえの」
罪悪感に苛まれつつ、それを隠したくて、つい乱暴な口調になってしまう。
「ん〜……だって、透瑠くん楽しそうだったから。邪魔したくなくて」
てへ、と力なく口角を上げる。弱っていても元がいいからカッコよく見えるのはズルい気がする。
「……でも、結果的に邪魔しちゃった。ごめんね」
怜が謝ることではない。謝るのは自分の方だ。そう思ったが、うまく言葉にすることができない。
「――ほら」
なので、ベンチの隣に座って、膝を叩く。怜はきょとんとして透瑠を見つめてきた。
「その……横になった方が、少しは、楽かなって……別に、嫌ならいいけどっ」
――ドキリとした。極上の笑顔をした怜が、
「――ありがと」
そう言って、透瑠の膝に頭を乗せてきた。さらりとした感触の髪が、手に触れる。
「……気持ちいい」
「男の膝枕が?」
「うん……透瑠くんのだからかな」
そっと腰に手を回されて、心臓が跳ねた。なぜか全身が熱くなる。
「……ヘンな奴」
そう言葉にして、心臓の動悸をごまかした。
目の前を、何組もの親子連れが通り過ぎて行く。
右手を母親、左手を父親に握られて楽しそうに笑っている女の子。はしゃぎすぎて転んでしまい、持っていた風船を空に飛ばして泣いている男の子。その子をぎゅっと抱きしめて背中をさすっている母親。
大丈夫よ、とその手の体温を自分の背中に感じた気がした。
「……多分、透瑠くん、初めてじゃないよ」
「え?」
寝ていると思っていた怜の声がしたので、驚いて膝が跳ねた。
「きっと透瑠くんのご両親と、ここに来てたよ。……俺と初めてじゃなくて残念だけど」
怜の低い声が腹に直接響いて、くすぐったい。
「……なんで分かるんだよ」
「だって、今懐かしいって思ってたでしょ」
「思ってねえよ」
怜は「嘘つき」とクスクス笑った。
膝の上で笑われると振動が体に来る。腰に回されている手から怜の体温を感じる。その手が背中まで上ってきて、ゆっくりと上下した。
「おいっ、やめろよ……」
「うん……ちょっとだけ」
怜が目を閉じて、額を透瑠の腹に擦りつけてくる。
「おいって」
体温が上がる。
「ごめん……なんかこうしてると落ち着くから」
「……しょうがねえな」
こっちは少しも落ち着かない。だが、怜の穏やかな表情を見ていたら、文句も言えなくなってしまった。
木洩れ日が怜の髪を照らし、天使の輪を作る。長い睫毛が頬に影を落としている。黙っていれば、本当に綺麗だ。
「――俺の親父、去年病気で亡くなったんだ」
「そ、うなのか」
幸せになるために生まれてくるんだよ。
そう言葉を残してくれた怜の父親。
透瑠は物心ついた頃から一人だったが、一緒に過ごしてきた思い出がある人が家族を失うのは、また違う痛みがあるだろう。
「俺も思い出しちゃった。小さい頃、家族でよくここにきてたなあって」
きっと、何度も来ているのだろう。父親との記憶をたどるように、怜は木漏れ日に手をかざした。
「ここって、思い出をずっと残してくれてる場所なんだなって思った。思い出したい時に、いつでも来ていいんだよって」
「思い出を保管……」
「うん、タイムカプセルみたい。……今日、また透瑠くんとの思い出ができたから……よかったら、また一緒に来ようね」
「うん……」
そのときはなぜか素直に頷くことができた。
「タイムカプセル……思い出を保管……」
がばっと急に怜が起き上がった。
「な、何!?」
透瑠はまた心臓が止まりそうになった。
「なんかいいかも……ごめん、ほんっとにごめん! ちょっと事務所行っていい?」
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