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9章 ②
***
目を開けると知らない天井だった。
がばっと体を起こす。昨日のことを順番に思い出そうとする。
遊園地行って……事務所で絵を描いて……それから。
「あ、おはよう〜」
ドアが開いて、呑気な怜の声が聞こえてきた。黒のエプロン姿だ。全く、何を持ってきても着こなしてしまう。
「こ……ここは?」
「ん? 俺ん家」
「昨日、俺って……?」
「んふふ〜」
意味深な笑いを浮かべ、怜は手で口を覆った。
「おいっ」
「透瑠くんの寝顔、可愛かったな〜」
ということは、今寝ているベッドは。
かああっと顔に血が上る。思わず体を見下ろすが、服は昨日のままだ。
「ごめんごめん。何もしてないって。事務所で寝ちゃったから、家に連れてきて寝かせただけだから。俺はちゃんとソファで寝たし」
と何故か偉そうに言う。
それでもベッドから動かない透瑠をみて心配になったのか、
「透瑠くん? あの、ホントだからね? ホントに何もしてないからね?」
「分かったから! 何度も言わなくていいっ」
何もされるわけないのに。――それを、哀しいと思ってしまうのは何故だろう。
つい大声を出してしまった。怜がしゅんとしてしまったので、透瑠は慌てて
「あ、あの……ありがと……」
と礼を言ったら、怜はううん、と口元を上げた。
そこではっと気づいた。
「今っ、何時!?」
「あー……マスターには連絡して、休んでいいよって言われてるけど。……どうする? 今日、俺も家で仕事するし……いてもらってもいいけど……」
店の仕事に穴をあけたくない。絵の仕事は、店には関係ないことだ。
「いったん帰って店に行く」
怜はデスヨネ、と何故かぶつぶつ言ったあと、
「そんじゃ、送ってくから……あ、でも朝ごはんは一緒に食べよう!」
今がんばって作ってるところ〜とエプロンの裾をヒラッとさせて部屋から出ていく。
ベッドから抜けて、周りを見渡す。シンプルな部屋だ。ベッド以外には作りつけのクローゼット、後は部屋の主のように鎮座しているパソコンデスク。大きな画面が二つ、透瑠を見つめている。
――ここで、仕事してるんだな。
思わず近づいてマウスに触れてみて、自分の行為にはっとした。ぶんぶんと首を振って、先ほど怜が消えたドアへと向かった。
寝室を出た途端、異臭がした。
「おい……なんか焦げてないか?」
「え? あっ、ヤバっ!」
ヘラヘラして冷蔵庫をのぞいていた顔が焦りに変わる。
対面式キッチンの向こう側へ走った怜が、泣きそうな顔でこちらを見た。
「卵焼き、焦げちゃった〜」
「ちゃんと見張ってないからだろ。もう……」
怜はくすん、と鼻をすする素振りをしながら、
「透瑠くんはシャワーしてきて。着替え出してるから……その間にもっかい作り直す」
シャワー。怜の部屋で。
つい意識してしまった自分に驚く。
男の友達の家に泊まってシャワーを借りても、別におかしいことはないはずだ。
「ん、じゃ借りるな……」
意識する方がおかしい。
脱衣所に入ると、Tシャツとハーフパンツが、バスタオルと一緒にカゴに入っていた。
そっと広げて、体に当ててみる。やはり少し大きめだ。
怜の使ってる浴室で、怜の使ってるシャンプーを借りて……。
最近、怜のことに関して変に意識してしまう自分がいて、戸惑う。
先ほどまで眠っていたベッドのことも、一度考え出したら止まらなくて困る。
……怜の、匂いがしてた。
怜に抱きしめられたあの感覚を思い出す。
『俺、一緒に探したい。透瑠くんと……一緒にいても、いい……?』
あの言葉の意味。その後の行動の意味。
訊きたい。でも怖くて訊けない。
自分が何を怖がっているかも分からない。
透瑠は頭から温かいお湯を浴びながら動けなくなってしまった。
浴室内にシャワーの音だけが響いていた。
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