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10章 ①
「どう? これ」
今日はいよいよプレゼンの日ということで、怜は珍しくスーツ姿でリュミエールにやって来た。
ちょうどケーキを卸しに来ていた真治と透瑠の前でモデルのようにターンしてみせる。
「……馬子にも衣装」
合わせたわけではないが、ハモってしまった。
「ヒドイ! 二人ともヒドイ!」
「あーはいはい、似合ってるって。プレゼンなんだろ? がんばって来いよ」
真治がおざなりに激励する。
透瑠はそうは言ったものの、内心ドキドキが止まらなかった。怜のスーツ姿は初めてだ。
自信なくすなあ、とボヤいている怜を見ているとちょっとかわいそうになってきて、袖をそっと摘み、小声で話す。
「その……ちゃんとカッコいいから」
「透瑠くんっ」
「早く行かねえと遅刻するぞ」
「うんっ。透瑠くんのためにもがんばって来るね」
にこりと上品に微笑まれると、もう眩しくて見てられなくなる。喋らなくても、三角の横で黙ってニコニコしてるだけでも効果がありそうだ。
行ってきまあす、と手を振る怜を見送って、ため息をつく。怜が近くにいると、最近息の仕方を忘れてしまう。
「……おい」
いつの間にか真治が隣に立っていた。
「な、何……」
「あいつと何かあったか」
何って。透瑠が想像するようなことは。
「別に、何も……」
真治が透瑠をじっと見下ろしてくる。威圧感が半端ない。
「ま、いいか。何か俺に相談したくなったらすぐ言えよ」
真治には透瑠の心が見えているのかもしれない。自分でも気づいていない心の奥まで。
黙ってこくりと頷くと、背中をバシン、と叩かれた。かなり痛い。けど、心強い。
***
「――おつかれさまです」
「おつかれさま。また明日ね」
片付けを終え、マスターに挨拶して裏口から店を出る。
夕焼けが眩しい。秋の日はつるべ落としというけど、日が沈むのが本当に早い。
今日の夕飯のメニューを考えながら、商店街へと向かう。
透瑠は基本的に自炊をしている。一人暮らしを始めてからなんとなく覚えた。節約にもなるし、一石二鳥だ。
商店街に入り、八百屋をのぞく。八百屋のナカガワの店長はヤスさんのご隠居仲間だ(まだ隠居の身ではないが)。リュミエールの仕入先でもある。
「おっ、透瑠。今日はニンジン安いよ」
頭の中で素早くレシピを捲る。
「うん、いただきます」
ニンジンの入った袋をぶら下げて、商店街をのんびり歩く。いろんな店を眺めながら帰るのが日課になっているのだ。
いつ来ても不思議な街並みだと思う。
リュミエールの辺りは石畳でヨーロッパの風景を思い起こさせるのに、少し歩くと昔懐かしい商店の軒先が並ぶ。和洋折衷、というのだろうか。
一見ごちゃごちゃして見えるのに、何故か全体が調和している。
何でもあり、みたいな雰囲気が、社会からはみ出した透瑠もなんとなく受け入れてくれる気がするのだ。だからこの街が好きなのかもしれない。
商店街を脇道にそれると、また雰囲気がガラリと変わる。
マスター曰く『何にもなかったんだけどね』とのことなのだが、低いながらもビルやマンションが何棟か建って、風景を変えてしまったそうだ。
その一角に、怜の職場がある。
社名が『三角デザイン事務所』なので三角が社長なのかと思っていたが、三角の双子の兄が社長なのだそうだ。
『もうそっくりなのよ。一回、並んでるところ見てほしいわ』
くくく、と沙雪が笑いながら言うのでそれはぜひ、と思うのだが、会社をいくつも経営しているらしく、デザイン事務所にはなかなか姿を現さない。
脇道でいったん立ち止まる。透瑠の家は商店街を真っ直ぐ抜けた先なので、こちらには用はない。だが、いつもここで立ち止まってしまう。
……朝だって会ったのに。
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