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10章 ②

 何かを期待して立ち止まってしまう自分が嫌になる。  もう帰ろうと、足を踏み出したときだった。 「あらっ、透瑠くん?」  振り返ると、沙雪が笑いながら手を振っていた。こちらも今日は珍しいスーツ姿だ。ベージュ色のパンツスーツが、沙雪のスタイルの良さを際立たせている。 「今、仕事帰り?」  こくりと頷いて、おつかれさまです、と沙雪に笑いかけた。 「あの……プレゼン、どうでした?」 「うん、ばっちり。あとは果報は寝て待て、かな。実際は寝てらんないけど」  沙雪があはは、と笑いながら長い髪をかきあげた。 「今から皆で飲みに行こっかって話してたんだけど。透瑠くんも一緒にどう?」 「え、俺は……」  行ってもいいのだろうか。社員でもないのに。 「仕事仲間じゃん。遠慮はなしよ」  沙雪が肩を組んでくる。透瑠が、じゃあ、と言いかけて顔を上げた時。  遠くに、朝のスーツ姿の怜が見えた。――そして、怜を囲む複数の女性たち。 「あーあ、捕まってるなあ。あれ時間かかりそうだな〜」  やれやれ、と沙雪がため息をつく。 「誰にでもヘラヘラするからあんなことになんのよ。もうちょい考えればいいのに」  誰にでも……。 「怜さんは、優しい……から」  俺じゃなくても。 「優しいっていうか、優柔不断よ。後で困るくらいならもっとビシッと断ればいいのよ」  沙雪はふん、と鼻息荒く辛口な評価をくだした。  透瑠は沙雪に合わせて乾いた笑いを漏らしながら、遠くの怜をみていた。言い寄る女性陣に囲まれて困ったような顔に見えるが、本心はどうなんだろう。 「あ、の……やっぱり、今日はやめときます。おかず買っちゃったし……」 「そっか、残念。また改めて打ち上げしようね!」  沙雪に手を振って、自宅へとまた歩き出す。  自分と怜の間に何か、なんて。あるわけない。  いつもはゆっくり歩く帰り道を、早足で通り過ぎる。夕焼けが透瑠の影を長く伸ばす。影が透瑠を闇へ引きずりこもうとする気がして、怖くなった。  アパートの階段を全速力で上り、ドアを乱暴に開けて乱暴に閉める。  はあはあと荒い呼吸をしながら、ずるずるとその場に座り込んだ。  怜は優しい。  優しくされると、勘違いしてしまう。自分だけだって、特別なんだって。 『透瑠くんと……一緒にいても、いい……?』    誰にでも、あんなふうに笑いかけて、抱きしめて。――キスしようとしたりするんだろうか。  頭の中がぐるぐるして、何も考えられなくなる。透瑠は両手で顔を覆った。  さっきまで窓から差し込んでいた日が沈んでしまった。暗闇が支配していく部屋の中で、透瑠はうずくまったまま、一人肩を震わせていた。

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