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12章 ②
***
窓の向こうから雀の鳴き声が聞こえる。目を開けると、カーテンの隙間から朝日が少しだけのぞいているのが見えた。
「あ、おはよう」
ものすごく近いところから怜の声が聞こえた。ぼんやりした頭を覚醒させようと目を擦ると、程よい筋肉質の胸板が目に入り、そしてその上に乗った秀麗な顔が透瑠を見つめていた。
「うわあああ!?」
透瑠ははね起きて、布団から飛び出した。
心臓と一緒に内臓も飛び出そうだ。
なんで? なんで布団に一緒に寝てる!?
しかもなんで上半身裸!?
「え、ごめん……そんなにびっくりすると思わなくて。あ、ちゃんと熱測ったよ! もう下がったからっ」
問題はそこではない。
「その……透瑠くんが一晩中、看病してくれたの? ありがとう」
透瑠は口をパクパクさせるが声が出ず、布団の近くに丸まっているシャツを指差した。
「あ、これ? 暑いから脱いじゃった。途中で起きたら、透瑠くん寝てたからさ〜。もう夜は冷えるし、熱下がってたし、お布団に入れちゃった」
てへ、と首を傾げて舌を出す。その口元を見て、昨夜自分がその唇にしたことを思い出してしまう。
かああっと頬が紅潮するのが分かって、両腕で顔を覆った。
「透瑠くん?」
「何でも、ないっ……」
お互い見動きできずにいると、裏口から鍵を開ける音がして「怜くん大丈夫?」と言うマスターの声が聞こえてきた。
***
――やらなきゃよかった。
あの夜から、透瑠はずっとそればかりだ。
そうでなくても怜の顔を見るのが辛かったのに、自分で拍車をかけてしまった。もう普通にオーダーを取るのも辛い。
怜は、初めは怪訝そうにこちらを見ていたが、最近は心配そうに眉を寄せてじっと見てきたりする。もう、やめてほしい。
休憩時間、マスターの作ってくれたナポリタン……よりによって……を目の前に、フォークを手にとったまま、ぼんやり空を見つめる。
食欲がわかない。この部屋もよくない。押し入れを見れば布団を思い出すし、布団を思い出したらあの夜のことを思い出して、身悶えする。
――やっぱり、やらなきゃよかった。
「……あの」
びくりと肩が震えた。怜が通路からそっとこちらをのぞいていた。
「……何?」
顔をまともには見られないので、ふいっとそっぽを向いてしまう。怜は遠慮がちに入って来て、上がり框に浅く腰かけた。
「透瑠くん……何か俺に怒ってる? あの……俺を看病してくれた日から……ヘンだよね」
今までになくしょんぼりしている怜は痛ましいほどだったが、透瑠にはそれに構ってやれるような余裕はなかった。
「俺、なんかした……?」
「……別に」
「じゃあ、どうしてそんなに怒ってるの……?」
「……」
そんなの、言えるわけない。
「透瑠くん……」
怜の手が、そっと伸びて来る。透瑠の髪に触れようとした瞬間、
「うるさい! 俺に触るなっ!」
言い過ぎた。はっとして怜を見る。――怜の顔は、今まで見たことがない表情をしていた。
「……あ……、ごめん……ごめん、ね」
「あっ」
顔をそらして、踵を返した怜に手を伸ばしたが、追いかけることはできなかった。
――傷つけた。……怜のあんな顔を見たかったわけじゃない。
透瑠は伸ばした手を力なく床に落とし、項垂れた。
窓の外をにわかに雲が覆い、部屋を暗くしたかと思うと、ガラスに大粒の雨が当たる音がし始めた。
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