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13章 ②
***
「透瑠くん……!」
真治だけだと思っていたのだろう、怜は「も〜なんだよ〜」と気の抜けた声でドアを開き、硬直した。
「じゃ、俺は帰るから。後は二人でちゃんと話し合え。いいな?」
玄関で透瑠が逃げないよう押さえつけたまま、真治はドアノブに手をかけた。
「あ、ついでに……さっきこいつが忙しいって話してたの嘘だから。ただ家でゴロゴロ悶えてただけだから」
じゃあまたな、と透瑠に手を挙げて真治がドアを開ける。ガチャン、と扉が閉まり、取り残される。
しばらく二人で黙り込む。
「と、とりあえず……上がる……?」
やがて怜がおずおずと声をかけてきた。ここで帰ったら、後で真治にしこたま怒られそうだ。透瑠は俯いたまま靴を脱いだ。
「あの、あの、コーヒー……飲む……?」
促されるまま、ゆったりしたソファに腰かける。長居するつもりはなかったので、マフラーはそのままだ。
「マスターの飲み慣れてると味落ちると思うけど……」
少しだけ笑顔をみせて、怜がテーブルにカップを置いてくれる。香ばしい匂いで、ちょっとだけ気持ちが落ち着いてきた。
怜が斜め横に座って、そっと透瑠に視線を送ってくる。
「その……こないだ、看病してくれてありがとね。それで、嬉しくて……俺が抱きついてたから怒ってるんだよね。……その……ごめんね。嫌、だったよね」
「……違う」
「えっ、違うの? やっぱり俺なんかした? 記憶ないけど、なんかしちゃった!?」
「……あんたは寝てただけ。俺が勝手に……キス、しただけで」
「えっ」
「……ごめん。悪いのは、俺だから」
怜がどんな顔をしているのか、見るのは怖くて、顔を俯けた。
「――帰る」
真治には悪いけど、やっぱりここにはもういられない。そう思って立ち上がって、玄関に向かった。
自分の気持ちなんか迷惑に決まってる。返事に困っている怜の顔を見るのは辛かった。
「――待って」
後ろから追いかけてきた怜に腕をとられて、壁に押しつけられた。
「離して……っ」
「――嫌だったら、殴ってくれていいから」
「――!」
あのとき、二度と触れることはないと思った唇が。
怜の閉じた瞼が間近にあって。長い睫毛が目の前を掠めた。
透瑠が囚われたように動けずにいると、一度離れた怜の唇がまた近づいてきた。
あの形のいい唇が。
こんなに深く――。
怜の舌が入りこみ、透瑠の舌を絡ませる。歯の裏をなぞり上顎を舐められ、ぞくぞくした。
「ん……っ」
熱い息とともに吐き出された自分の声に驚く。
「透瑠……」
初めて呼び捨てにされて、心臓がわしづかみされた気がした。怜の声も心なしか上擦っている。その声に、また背中を快感の波が走る。
――やっぱり、好きだ。
この綺麗な顔をした人を。いつも子供みたいなのに、キスの仕方だけ、こんな大人で。
――ズルいのはどっちだよ。
こんなの……好きになるに決まってるだろ……!
熱いものがこみ上げてきて、視界が潤んでくる。
「透瑠?」
「……っ」
涙が溢れる。止まらない。
「わ、うわああ、透瑠くんっ!?」
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