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13章 ③
***
目の前には、今度はココアが置かれている。甘い匂いが部屋に漂う。手持ち無沙汰で、ついソファに無造作に置かれていたクッションを抱きしめてしまう。
「……落ち着いた?」
あの後、涙が全然止まらなくて。
怜がオロオロして、とりあえず一回座ろう、とソファに透瑠を押し戻して、ココアを出してくれた。
「……その……嫌だった? ごめん……嬉しくて……つい」
優しい。怜に優しくされると、また誤解してしまいそうになる。自分が特別なんじゃないかと勘違いしてしまう。
こんなキスなんか、怜にとっては何でもないこと――。
深呼吸して、なるべく平静を取り戻してから、
「別に……あんたの好きにすればいいし。俺なんかであんたが満足するなんて思ってないし。でも、気が向いたときだけでも、相手してくれたら……オレはそれでっ」
また泣きそうになるのをぐっとこらえる。
泣いたら呆れられるかも。
キスされたのも初めてで、ましてや誰かと体を重ねたことなんかない透瑠に、経験豊富であろう怜を満足させられる要素があるわけない。強いて言えば、いわゆる、初物食い……それくらいだろう。
「ちょ、ちょいちょい、待った。結論が早い。いや、俺も順番間違ったけどっ」
怜が慌てて、透瑠の隣に座った。そして、ぎゅっと両手を掴む。
「……俺は、透瑠くんが好きだ」
「え……」
嘘。
「……俺は、ちゃんと透瑠くんが好きで、それでキスしたいと思ったんだ。その……誰かの代わりとかじゃなく、あとその、欲を満たすだけとかじゃなく」
怜の熱い眼差しに、囚われる。
「その……透瑠くんの気持ちを聴きたい」
言っていいのだろうか。その一言を。
心の奥底にしまい、鍵をかけてしまったその想いを。
ふと、前に怜から聞いた言葉を思い出す。
――幸せになるための努力を惜しんではいけない――。
「好き……」
また、涙が零れる。
「俺は、怜さんと、一緒にいたい……」
この人と。ずっと一緒に……。俺の幸せを探したいと言ってくれたこの人と。
子供みたいで、世話が焼けて、へなちょこだけど、綺麗で優しいこの人と。
「透瑠くんっ」
がばっと強い力で抱きすくめられた。心臓が早鐘を打ち、全身がドクドクと脈打っている。
「すっごい嬉しい……」
頬を擦りつけてくる怜が可愛く見えて、思わずそのさらりとした髪を撫でた。
怜が顔を上げて、透瑠を見た。優しい眼差しに、また涙腺が緩む。
「今日は、泣き虫だね……」
そうささやきながら、目尻に口づけしてくる。心地よくて、いつもより素直に言葉が滑り出てくる。
「俺、好きって言ったら、いけないかと思ってた」
「どうしてそんなこと?」
ちゅ、と音を立てて、頬にキスされる。
「だって……俺なんか、ガキだし、男だし、あんたには釣り合わないって、本気で相手にされるわけないって……」
耳朶を甘噛みされて、腰が震えた。
「俺の方が先に本気になったのに。初めて会ったときから、気になってた」
「嘘……あんた、第一印象最悪なんだけど」
「えっ、最悪?」
と、怜はショックを受けたように、は〜と大きく息をついて項垂れた。
「もしかして、それで透瑠くん俺に冷たかったの……?」
冷たかったかな。今思えば、意識して、緊張してたからかも。
「だ……だって、初対面でジロジロ見てきて、なんだこいつって」
焦って言い訳すると、怜は顔を上げて、照れくさそうに頭を掻いた。
「……恥ずかしながら、一目惚れだったんだよね。透瑠くん見て、頭の中でファンファーレ鳴ったの、ホントに」
ぶあっと頬が熱くなる。
なに言い出すんだ、この人。
「それで、見惚れちゃって、そんな感じになったかも」
てへ、と舌を出す。……なんでそんな仕草が似合うかなあ。
怜の手が伸びてきて、透瑠の髪を梳いた。
「……俺の方こそ、十個も上だし、男だし、好きになってくれるわけないと思ってた」
そう言って笑う怜を見て、また愛しさが増す。
「ホントに、俺でいいの? 一緒にいるの」
「……あんたがいい」
「……透瑠……」
やっぱり、呼び捨てにされたら何かが増えてしまう。好き、という想いが溢れてくる。
唇がそっと降りてくるのを、今度は落ち着いて受け止める。
「ん……」
ふと風を感じたと思ったら、シャツの裾から怜の手が滑りこんできた。
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