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幕間(9章・沙雪視点)

 真夜中になってしまったので、萩原くんに送ってもらうことにする。  透瑠くんに残ってもらってよかった。すごい傑作できてたし、それ見て私も触発されちゃってインスピレーション湧いて来て、なんかこんな感覚久しぶりってカンジですっごい達成感を味わった。  それはよかったんだけど。 『透瑠くん寝ちゃった〜』  どうしよっか、ってこっちを見るけど、いやもうあんた決めてんでしょ。鼻の下伸びてるからね! 『も〜しょうがないな〜』  わざとらしく困った顔をして、よいしょ、と透瑠くんを腕に抱える。  はいはい、私が戸締りすればいいんですね。  エレベーターを待つ間も、萩原くんは透瑠くんをお姫様抱っこのまま、嬉しそうにしてる。鼻歌まで歌ってる。 「……楽しそうね」 「ん? うん」 「……浮かれて襲わないようにね」 「えっ」  目を丸くして驚愕の眼差しで見つめてくるけど、バレバレだってーの。 「あんたが男も女もいけるってのは知ってるけど。透瑠くんはそうじゃないかもしれないし、第一未成年だからね」 「……わ、分かってるもん」  ぷい、と叱られた子供みたいにそっぽを向く。……大丈夫かしら。透瑠くん。  なんとなく、透瑠くんもそうかもしれないとは感じるけど……確信はまだ持てない。本人も分かってないカンジかな。  萩原くんの腕の中で眠り姫のごとく眠ってる透瑠くんの寝顔はすっかり安心しきってるように見える。 「沙雪さん、あんまり見ちゃダメ」  すいっと体を斜めにして、私から透瑠くんが見えないようにする。どんだけ独占欲強いの。 「いいじゃん、減るもんじゃなし」 「沙雪さんが見るとなんか減る気がする!」  ん、と透瑠くんが声を上げたので萩原くんは慌てて口を閉じた。  エレベーターに乗り込む。萩原くんはやっぱり透瑠くんの顔見てニヘラニヘラしてる。  こんだけ熱い視線浴びてるのに透瑠くんてば全然気づいてないのかしら。まあまだ17歳だしなあ。  苦労してきたってちらっと聞いたし、恋愛には疎いかも。  駐車場に降りて、萩原くんのメタリックブルーの車までたどり着くと、恭しく後部座席のドアを開けてあげる。  萩原くんはそうっと壊れ物を扱うように透瑠くんを寝かせて、また口許を緩めた。  ……本気で透瑠くんの貞操が心配になってきた。 「……あんた、透瑠くん泣かせるようなことしたらマジで軽蔑するからね」  助手席のシートベルトを締めながら萩原くんを睨みつけると、 「大丈夫! 我慢するっ」  まかせて、みたいにぎゅっと両拳を振り上げる。我慢するってことはヤりたい気はあんのね、しっかり。  真夜中のビル街はしん、と静かで外灯の明かりだけがぽつりぽつりと目の前を照らしている。 「……遊園地、楽しかったみたいね」 「うん! すごく」  隣でハンドルを握るイケメン君は子供みたいにニコニコした。 「でもまだジェットコースターしか乗ってないから……また一緒に行くんだ〜楽しみ〜」  遊園地で急にアイデア思いついちゃったのね。そういうヒラメキみたいなのは流石だな。私にはない才能だな。まあチームとしてはバランスとれてるからいいけど。皆がみんな、萩原くんみたいだったら収拾つかないし。  社内では私が萩原くんに一番近いポジションにいるせいか、女の子たちからいろいろ訊かれることも多い。  萩原くんは自分が両刀だって隠してないから、下手すると男子からも呼び止められたりする。私じゃなくて萩原かよ、とため息もつきたくなるってもんよ。  透瑠くんのこと好きなのねって気づいてからそんなこんなを阻止してあげてんだから、少しは感謝してもらってもいいくらいよ。家まで送るくらいトーゼンよね! 「沙雪さん、今心の中で俺に文句言ってたデショ」 「あら、分かっちゃった?」  悪びれもせずそう言うと、 「だってすんごい邪念を感じる……」  なんでそういうとこだけ勘が働くのかしら。不思議。ちなみに邪念を持ってるのはそっちの方だと思う。 「いーですよーだ。今日は透瑠くんがいるもん。可愛い寝顔見ながら寝れるもん」 「……あんた、間違っても添い寝なんかしちゃダメだからね」 「え、ダメなの?」 「さっき我慢するって言ったのどこの誰? 添い寝してあんたの理性保てるの?」  うっ、と絶句したまま固まってしまった。自信ないのね? そうなのね? 「……分かった……。じゃあ俺はソファで寝る……」  ものすごく残念そうに言うので、とうとう吹き出してしまった。  うーん、萩原くんのなけなしの理性に期待するしかないか。 「も〜、そんなに心配しなくても大丈夫だってば。俺が透瑠くんを傷つけるわけないでしょ。そんな、一時の気の迷いなんかで一生後悔したくないしっ」  一生、ときたか。 「……本気で好きなのね」 「うん、めっちゃ本気。……叶わないかもだけどね」  てへ、と笑う顔は少し翳りを帯びていた。  意外。恋愛に対してはもっと軽いかと思ってた。相手には不自由しないだろうし。  首を伸ばして、後部座席ですやすや寝息をたてている透瑠くんを見やる。  大変なヤツに目をつけられたわね……頑張れ。おねーさんは応援してるよ。  なんか羨ましくなってしまった。私も久しぶりに本気の恋、してみたいなあ。  どっかにいいオトコ転がってないかしら。  マンションについて、私がガラス扉を一人で通過するとこまでちゃんと見届けてくれる。そういうところはきちんとしてるなあ。ただ、誰にでもそういう優しさを見せちゃうから誤解されちゃうんだろうけど。  ま、萩原くんの数少ない美徳だからな。      部屋に入って、足を締めつけていたハイヒールを投げ散らかしたまま、ベッドにダイブした。せめてメイクは落とさなきゃマズイ。と思いつつも瞼はだんだん閉じていってしまう。  心地よい疲労感に包まれる。  あとは……萩原くんが仕上げてくれて、三角さんのオッケーもらって……ていうか、あの男これから仕事本番じゃん。ヘラヘラしてる場合じゃないし。頼むよデザイナー……透瑠くんに構ってばっかで中途半端なヤツ仕上げてきたら承知しない……ぞ……。  結局そのまま朝を迎えて、鏡を見て激しく後悔したのはまた別の話。  Fin.

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