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幕間(9-10章・怜視点)
ううん、これって相当ヤバくない?
俺の前には目を瞑って口を半開きにした透瑠くん。
これってどう見てもキス待ち顔なんだけど。
キスしてって言ってる顔なんだけど。
……いやいやダメダメ。俺、透瑠くんの前髪切ろうとしてるだけだし。
美容室の中だし。スタッフさんいるし。
行きつけの美容室のオーナーにお願いして、ちょっと間借りさせてもらって。
ハサミを俺に貸すのはかなり嫌がってて、今もレジ横でお金数えながら見張ってる。何回も数え直してる。
閉店後ちょっとだけ貸して〜、とおねだりしたら、最初渋られたけど、またカットモデルとチラシモデル(デザイン料込み!)引き受けたら承知してくれた。
透瑠くんに聞いたら普通のハサミで切ってるって言うから、髪痛む〜って慌ててしまって、どうせならプロの借りようと思ったんだけど、借りられてよかった。
でもこんなんなら、うちで切った方がよかったかな。いや歯止めが効かなくなってかえってマズイか。
あ〜真治ここにいなくてよかった〜。絶対なんか突っ込まれる。
写真撮りたいなあ。でもバレたら怒られるだろうなあ。
俺がもたついてる間に、透瑠くんが目を開けてしまった。
「……何やってんだよ」
なかなかハサミの音がしないもんで、痺れを切らしたんだろう。
「あ、いや、えーと」
キス待ち顔堪能してましたとは言えない。
「もう自分でやるから。貸して」
そう言うと、透瑠くんは俺からハサミを奪い取り、慣れた手つきで櫛を通し、ざくざく自分の前髪を切ってしまった。
あああ〜、俺の楽しみがあああ。
そのあと結局、オーナーが切り揃えてあげて、俺の出番なしで終了した。
あれえ。これじゃあ、モデルとチラシデザイン分、俺が損してない!?
じゃ、お代はまた後日〜とニコニコ笑顔のオーナー達に見送られて美容室を後にする。
駐車場に向かう夜道、ちょっと不機嫌な俺を見上げながら透瑠くんが話しかけてくる。
「あの、さ」
「ん? どした?」
気持ちを切り替えて、にっこり笑ってその顔を見つめる。せっかく二人で歩いてるんだから、不機嫌のままじゃ勿体ない。
ぎゃ〜、前髪短くなって可愛さが超弩級にアップしてる! ヤバい。車の中がヤバい!
「……ありがとな。連れて来てくれて」
「う、ううん! 結局俺切ってあげられなくてごめんっ」
後ろめたさ満載で謝ると、透瑠くんがフッと微笑んだ。
「俺、あんなシャレてるとこ一人じゃ行けねえし。あんたいてくれてよかった」
マジ? 喜んでくれた?
「……次は俺切ってあげるからねっ」
「いいよ。お店の人の方が安心する」
「え〜。ヒドイ〜」
そう言って頬を膨らませると、透瑠くんが、ほらその顔、と真治の声真似をして――満面の笑みを見せた。
うわ〜強烈。眩しいんだけど。夜なのに。
ヤバいなあ。車の中で二人きり。暗闇の中で二人きり。
俺はこないだの沙雪さんの『透瑠くん泣かせたらマジ軽蔑する』という言葉を思い出して、理性を総動員させた。沙雪さん、なんか暴力も振るってきそう。裏拳とかされそう。
想像したら体がぶるっと震えた。
そんな俺を見て、透瑠くんが不思議そうに首を傾げた。……可愛さが爆発するのでやめてください。
「あ」
透瑠くんが空を見上げてるので俺も見上げた。
「――満月」
ちょうど外灯とかお店の明かりが途切れて、月の光だけが透瑠くんの顔を照らしてる。
まあいっかぁ。今日はこの笑顔見られただけで満足。
月夜の晩に、二人で歩く道。願わくば、こんな穏やかな時間がずっとずっと続きますように。
青白い光を包みこむように、俺はそっと両手を合わせた。
「……何してんだよ」
って透瑠くんが尋ねてくるから。
「幸せをかみしめてる」
って答えたら、なんだそりゃ、って透瑠くんがまた笑ってくれたので俺もつられて笑った。
真ん丸な月も、笑った気がした。
Fin
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