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デートに行こう! ①
「うーわ」
また久々に自宅へと帰ってきた灯里(あかり)が、出迎えた透瑠(とおる)を見るなり固まった。目線は首元に集中している。
「もしかして……怜(さとし)にもらったの?」
「う、うん」
「そうなんだ……」
灯里はそれだけですべてを悟ったようだ。
「いいの? あんなオトコで」
黙ったまま力強く頷く。
「僕は怜くんなら大丈夫だと思うよ」
「まあねえ……駿(しゅん)ちゃんもそう言ってるし、反対はしないけど。怜の良い所も知ってるし」
そう言ったものの灯里は納得いかないようで、荷物を片付けながらまだブツブツと独り言をつぶやいている。
「でもなんか悔しいから意地悪しちゃお」
ニヤリと片方だけ器用に唇を上げる灯里に、思わずマスターを不安げに見やる。マスターは仕方ないな、という顔で苦笑していた。
「チョーカーって独占欲の表れだからね。……ま、そばにいたいって意味もあるけど」
仕事柄、アクセサリーを扱うこともあるので灯里はその辺りも詳しいのだろう。
独占欲、という言葉にドキリとする。
まあ趣味は悪くないわね、とチョーカーを含めて透瑠を頭から爪先までジロジロ眺めて、「似合ってるわよ」とにっこり笑った。
***
「透瑠、デートしよう!」
いつもながら脈絡もなく話が始まった。
「……なに、急に」
透瑠は熱々のマグカップを両手で包んでふう、と息を吹きかけた。
少し喉が痛いと言うと、怜が『風邪予防にはやっぱこれだよ!』とお湯にハチミツとすりおろした生姜を溶かしたものを出してきた。ハチミツのほんのりした甘さと、生姜のピリピリした辛さが喉に心地よい。
「だって俺たち、付き合いだしてから遊園地デートしかしてない!」
「……休みが合わないから仕方ないだろ。それに、ほぼ毎日会ってるし」
「俺はちゃんとしたデートがしたいのっ!」
最近は怜の部屋で過ごすことも少なくない。なんだかんだと理由をつけて閉店までリュミエールに居座り、そのまま怜の部屋まで一緒に帰って、朝、直接店に出勤ということも増えてきた。
『もう一緒に住もうよ〜』と怜はしょっちゅう言ってくるが、透瑠はそれに頷くのをずっとためらっていた。
正直、怜と一緒に住むという提案は嬉しい。でもそうしてしまうと自分の力だけで生きていくということにならない気がする。それは、保証人になってくれているマスターと灯里を裏切る行為にならないだろうか。
それに家で仕事をすることが多い怜の邪魔になるだろうことが分かっている。今でさえ、透瑠がここにいるときは怜はパソコンに向かおうとはしない。夜、透瑠が寝たあとに暗闇で作業しているのをベッドから何度も見たことがある。
デートの話だってそうだ。平日が休みの透瑠と、土日が休みの怜では基本的に日程が合わない。忙しい土日に休むなんて透瑠には考えられないので、必然的に怜が有休を取って合わせることになる。
とは言っても土日にはリュミエールに怜は入り浸りだし、顔を見て話せるだけで透瑠は満足だった。
前に温泉に行ったときも、締切前で忙しかったのにムリヤリ休ませたみたいで気になっていたのだ。――あのあとは、すごかった。
二日休んだ遅れを取り戻すため、驚異的なスピードと集中力で仕事を熟す怜を垣間見た。
『あんだけ仕事できるんだから普段からやればいいのに』と沙雪がボヤくのを透瑠は申し訳ない思いで聞いていた。
「……いいよ。わざわざあんたが休み取ってまで行く必要ないだろ」
怜が出してくれたブランケットにくるまって、ソファの上で膝を抱える。
自分のために時間を作ってくれるのは嬉しい。でも怜に迷惑はかけたくない。
「も〜何言ってんの? 俺が行きたいんだから、いいのっ」
ブランケットごと怜の腕が透瑠を包みこんでくる。
「有休は、休むためにあるんだよ」
あ、なんかゴロいい、と一人喜んでいる怜を見ていたら、悩んでいるこちらがバカらしくなってきた。
「……分かったよ」
「うん。日にち決まったら教えるね」
怜の指が透瑠の首を飾るチョーカーに触れる。去年、誕生日に怜からもらったものだ。真ん中の青色の石を長い指がそっと撫でてくる。微かに肌に触れるその感触がくすぐったい。
『独占欲の表れだからね』と灯里に言われたのを思い出して、頬に血が上る。
やがてその指は明確な意思をもって、透瑠の首筋を撫で上げた。
「あ……」
ぴくり、と身体が反応する。
「透瑠……」
空になったマグカップが揺れる。怜がそっと受け止めて、ローテーブルに置いた。そのまま透瑠の顎を捉えて、唇を落としてくる。
「……風邪、うつるぞ」
「透瑠のならいいよ」
よくない、と透瑠は思ったが、熱を帯びた視線に晒された自分の身体が、すでに抵抗できないくらい火照っているのが分かったので――その形のいい紅い唇を、目を閉じて受け止めた。
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