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デートに行こう! ③
「……可愛い」
ふわふわの黄色くて丸いものを両手に乗せて、透瑠は思わず感嘆の声を上げた。
あったかい。黄色の羽毛は柔らかくて、とても触り心地がいい。横から怜がヒヨコの餌を差し出すと、さっそく啄みはじめた。
イテテ、と眉をちょっとひそめながらも怜は手を動かさずにヒヨコにいいようにされている。
「意外とクチバシ尖ってるね、この子」
残さず食べ終わったヒヨコは、今度は透瑠の手の中でゆっくり目を閉じた。
「あ、寝ちゃった」
「はや!」
可愛い寝顔を見ていると、なんだかこちらまで眠たくなってくる。
「……これがニワトリになっちゃうなんて信じられないな」
「そだね……小学校のとき、ニワトリに追っかけられて大変だったな」
「それで嫌がってたのか?」
バレてた? とテヘ、と舌を出した。
「まあそれもあるけど……怖いんだよ。力加減が分かんないでしょ。インコとか特に」
確かに、怜は力任せにぎゅっと抱きしめる傾向があるように思う。
「……俺、鍛えた方がいいかな」
抱きしめられた腕から逃れられないのは、筋力の問題じゃないかもしれないが。怜は特に疑問には感じなかったようで、
「そう? 透瑠は今のままでもいいと思うけど。合気道、一緒にする?」
そういえば昔から真治と合気道の道場に通ってると聞いたことがあった。
「うん……ちょっと考える」
は〜透瑠の袴姿〜と、妄想の世界に行ってしまった怜を見て、真治に相談してから決めようと心に誓う。
そのあとフェレットを抱っこさせてもらい、ふわふわを堪能してから店を出る。
「お腹空いたね〜。なんか食べたいものある?」
この間、真治と話しているときにこのモールに入っている洋食屋に行ったと聞いた。オムライスが美味くて、レシピ確認したくなったと言っていた。
誰と行ったの、ともう聞くまでもないと思ったが、わざと聞いてみる。照れたように後ろ頭を掻いて、真治は透瑠の額を小突いてきた。沙雪とは順調のようだ。
そのことは伏せて、怜に洋食屋の名前を告げると、「りょうかーい」と敬礼を返してきた。
「……絶対、なんか入ってる」
口をもぐもぐさせたまま、怜が真剣な顔つきでスプーンを振った。
「うん……何だろ。予想外の何かが隠し味になってる」
これでも喫茶店で働く身だ。他の店のものを食べるときは、敏感に味を確かめてしまう。
「うう〜ん、悔しいけど分かんない。マスターなら分かるかな」
「そうだな……でも『うちのが一番美味しいよ』って言われそう」
ホッホッホッ、とマスターの笑い声を思い出しながら言う。
「そだね〜。案外、負けず嫌いだもんね、マスター」
ま、これはこれで美味しいけど、とまたスプーンを動かしはじめる。
そんな怜を見ながら、透瑠はひと呼吸ついた。
「……怜」
「なあに?」
にっこり笑ってまっすぐ透瑠を見つめてくる。
「俺、調理師免許取ろうと思って。マスターに相談したら、真治さんの行ってた学校紹介してもらうことになって。今度見学させてもらうことにした」
喜んでくれると思った透瑠の予想は外れた。ぷうっと例の膨れっ面を見せる。
「……なんで俺より先にマスターと真治が知ってるの」
「え……だってマスターは親代わりだし、真治さんは調理学校行ってたから……」
そういうことじゃなくて〜、と怜はさらに眉間に皺を寄せる。
「……そんな大事なことは最初思いついたときに俺に話して。――恋人なんだから」
――恋人。
ときどき、まだ夢なんじゃないかと思うときがある。こんな非の打ち所のない容姿を持つ人間が存在していて。しかもその人が、俺のことを恋人、なんて言う。
「……透瑠?」
黙ってしまった透瑠を怪訝そうにのぞきこんでくる。
「あの、ごめん怒ったんじゃないよ。ちょっと悔しかっただけだからっ」
怜がオロオロしだしたので安心させようと透瑠は口角を上げた。
「……分かってる。大丈夫」
ホッとしたように笑顔をみせて、今度は、はああ〜、と大きくため息をついた。
「も〜、こんなに好き好き言ってるのに、透瑠には届いてないのかなあ」
しゅんとしてしまった怜に、違う、と口を開こうとした途端、ぐいっと肩を引き寄せられた。
「……まだ自覚が足りないみたいだから。いっぱい、感じさせてあげるね。――今夜、ベッドの上で」
バリトンボイスが耳元で囁いてきて、身体がずくんと疼いた。
「もう、バカッ……こんなとこで……っ」
ごめんごめん、と笑いながら手を離す。いきなり大人モードになるのはやめてほしい。……心臓に悪い。
「あ、でも」
「なになに?」
怜が勢いづいて身を乗り出してくる。これはまだ誰にも話してない。
「……あと、学校入るのに高卒認定試験受けなきゃいけなくて。俺、高校中退しちゃったからさ。……勉強、見てほしい」
それを聞くと怜は背もたれにゆっくり背中を預けて、ゆっくり顔を両手で塞いだ。
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