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デートに行こう! ④

「……ごめん。多分お役に立てないと思う……」 「え〜何だよそれ!」 「だって俺、頭悪いもん……」  しくしくと擬音を自分でつけて泣き真似をする怜を見て、透瑠は大きなため息をついた。 「でも、約束。真治とか他の誰かに勉強見てもらうときは、絶対俺も一緒に行くから」 「……なんか、ヤだ」  それこそ保護者みたいじゃないか。 「可能性ゼロでも、俺以外の誰かと二人っきりは俺がヤなのっ」 「じゃあ灯里さんにお願いしようかな」 「ダメっ、それはダメっ」  怜が灯里のことが苦手なことを知ってて、わざと言ってみる。ニヤニヤしている透瑠を見て、怜はすぐに気づいたようだ。 「もう……透瑠のイジワル」 「大体、灯里さんほとんど家にいないんだから。お願いしたくてもできないって」  デスヨネ、と怜がぷいっとそっぽをむく。からかわれたのがよほど癪に触ったようだ。こういうときの怜は可愛いと思う。 「でもちゃんと将来のこと考えるようになったんだね。……嬉しいな」  心配してくれる人がいて。応援してくれる人もいる。だから安心して前を向けるようになった。 「いつか、バリスタの勉強もして。……マスターの役に立てたらいいなと思ってる」 「透瑠……」  怜がふんわりと微笑んで、頭を撫でてくる。心地よい感覚に包まれて、そっと目を閉じる。  こんなふうに将来の目標ができるなんて、少し前だったら考えたこともなかった。 「……怜」  ん? と優しく問いかけてくる。 「……ありがと」  うん、と極上の笑顔が返ってきて、透瑠は心の奥からあたたまってくるのを感じた。  *** 「はあ? 何言ってんだ。いるじゃねえか目の前に専門家が」 「え?」  翌日、いつものように怜がナポリタンを頬ばりながら「俺頭よくなりたい〜」と嘆いていたら、ヤスさんが本日三杯目のコーヒーを片手に口を挟んできた。ほれ後ろ、と顎をつき出す。  そう言われて後ろをふり返ると、カウンターの中でカップを拭きながらホッホッホッといつもの笑顔でマスターが微笑んでいる。 「クロさん、元大学教授だよ。知らなかった?」  横から八百屋のナカさんも参戦してくる。 「えええ〜、俺知らない〜」  よほどショックだったのか、怜は両手で顔を挟んで声をあげた。 「そうか、怜はここがオープンする前は知らないのか」  ニヤニヤしてくる親父連中に囲まれ、怜はいつもの膨れっ面を見せた。 「怜が最初に来たのいくつだ? まだ小学生だろ」 「もう中学生だったよっ」 「あの頃はちっちゃくて可愛かったなあ。親父さんの影に隠れながらおどおどこっちを見てたもんなあ」 「コーヒー苦くて嫌いって言ってたしな」  わははは、とご隠居連中にネタにされて、怜はすっかりぶすくれてしまう。 「そういえばあれ知ってるか? 怜とミネさんとこの真治がさ、中学んとき大ゲンカしただろ」 「あ〜、あんときうちの倅が巻き込まれてさあ」  大変だったんだよ、とヤスさんが話しながら器用に空のカップを差し出してきたのを受け取ってカウンターに戻る。  ふと透瑠が気配を感じてドアの方を見ると、真治が少しだけ開けたドアの隙間からちょいちょいと手招きしていた。焼菓子の追加を透瑠に渡し、 「なんかヤバそうだから、帰るな」  動物的カンが働いたのか、盛り上がっている奥の席にチラッと視線をやって、店には入らずそそくさと退場する。  怜みたいにネタにされたくないのだろう。 もういい加減にして〜、と肩を震わせて怒り出した怜を見てご隠居連中はまたわははは、と笑い出した。

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