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デートに行こう! ⑤
「恥ずかしい〜……透瑠の前なのに……」
暇人……いや、かつての勤勉な労働者たちに黒歴史をいくつも暴露され、怜はいつものカウンターの定位置に腰を降ろして、またしくしくと顔を両手で覆っている。
「そう? 俺嬉しかったけど」
指の隙間から上目遣いにこっちを見る。
「……ホント? 呆れてない?」
「うん。俺の知らない怜のこと聞けて楽しかった」
素直に思ったことを口にすると、怜はようやく顔から手を放して、照れくさそうに笑った。
そうか。ヤスさん達は、小さい頃の怜を知ってるんだな。今度なんかあったらヤスさん達に訊こう。……弱点とか。
「……透瑠、なんかよからぬこと考えてるデショ」
「え? なんで」
「ニヤついてる」
こういうカンの鋭さは感受性が子供っぽいからなんだろうか。ごまかすように、怜のスマホに目をやる。
「……何調べてんの」
「ん? お家情報」
「え。……引っ越すの?」
怜の部屋は居心地がいい。あそこにいられなくなるのはちょっと……いや、かなり寂しい。
「だってさ〜。今の部屋だと透瑠一緒に住んでくれないじゃん。だから寝室と仕事部屋分けた方がいいと思って」
――知ってたのか。俺が夜中目を覚ましてたこと。
「オンオフ分けた方が俺も効率よさそうだしね。そんで、透瑠が気にしてることもさ」
ドキリと心臓が鳴った。
「ちゃんと透瑠の部屋も作って。その分家賃入れてもらうから。それならいいでしょ? ……俺も、いつでも透瑠の顔見れると思ったら仕事に集中できそうだし」
もう。このひとは。
どこまで俺のことを考えてくれるんだろう。
「……いいの?」
「……俺がそうしてほしいの」
胸がぎゅっとなって、熱いものがこみ上げてきたところへ「でもベッドはひとつでいいよね」と囁いてきたので、感動が引っ込んでしまった。
「でも、マスターはともかく、灯里さんがいいって言ってくれるかな」
アパートを引き払うなら、ちゃんと理由を説明せねばならない。
「そうなんだよねえ……灯里さんには『息子さんとおつき合いさせていただいてます』から挨拶しなきゃだし」
「え? 灯里さんもう知ってるけど」
「ウソ? マジ!?」
怜はまた両手で頬を挟んで青ざめた。有名な絵画のポーズに似ている。
「なんで知ってて何も言ってこないの……? 怖い。よけいに怖い」
多分、『何もしない』のが灯里さんの意地悪なんだろうな。
そう思ったが、灯里の気持ちを尊重して透瑠は黙っておいた。
灯里に、どうしてそんなに怜に冷たくあたるのか訊いてみたことがある。
『だってさ〜悔しいんだもん』
『悔しい?』
『うちの会社、ファッション関係とも繋がりあるんだけどさ。所詮アジア人みたいな見られ方することもあるわけ。日本人でもこんなに綺麗なコいますよって言いたいワケ! だから怜をスカウトしたんだけど……』
『断られた?』
『そんな人前で歩いたりお愛想振りまいたりなんか出来ないって。まあ私のエゴだって分かってるから無理強いしなかったけどさ』
『……途中でボロが出そう……』
『それも分かってるけど! だからよけいに悔しいのよ〜』
クッションをばんばん叩いて暴れる灯里を見て、透瑠はそばにいたマスターを見上げる。マスターは苦笑しながら、よしよしと灯里の頭を撫でていた。
結局、灯里の八つ当たりみたいなものだ。いつか、ちゃんと怜に話そう。……灯里と言い合いになりそうだけど。
マスター助けて〜、と厨房にいる天敵の配偶者に救いを求めに行く怜を見て、知らず口元に笑みが浮かぶ。
灯里さん、なんだかんだでけっこう喜んでくれてたけどな。だから安心したんだけど。……怜で遊ぶのを楽しんでるんだろうな。
マスターが笑いながら大丈夫だよ、と怜に言っているのを聞いて、透瑠はまた洗い物をするためにカウンターへと足を戻す。
俺の居場所。俺の目指す場所。
愛おしむように、透瑠はそっとカウンターの木目をなぞった。
Fin.
後日談、もう少し続きます……。
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