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5.商店街にて
吐く息が白い薄曇りの午後、マスターに店の買い出しを頼まれて、田川到流は商店街にある個人商店で食材などを購入した。
品揃えは大手スーパーマーケットに負けるが、フットワークが軽いのか、融通を利かせた仕入れで安価で手に入るものが多い。
買い物袋を下げて商店街を歩いてゆくと、ふと到流の視界に『まちのでんきやさん 中瀬電機』という文字が映りこんだ。
なんとなく聞き覚えがあるような、と一瞬考えてから、つい先日カメリアにやってきた電機屋を思い出す。
確か名前を中瀬文雄と名乗っていた。積極的に覚える気もなかったのでうろ覚えだが、もしかしているのだろうかと、通りかかる際にガラス張りの店舗をちらりと見た。
エアコンや洗濯機など、生活に必要な電化製品が小さな店舗に所狭しと並んでいる中、文雄の姿を見つける。
客の姿は、見えない。
デスクトップパソコンが置かれた机の前で、難しい顔をしている。
個人経営の店が、大手に比べたら色々大変なのだろうということはわかる。先程食材を買った店も、カメリアについても、常連客に支えられていると言っても過言ではない。電機屋は、どうなのだろうか。
なんとなく眺めていたら、視線に気づいたらしく目が合った。
遠目からでもこちらを認識したのか、文雄から軽く手を振られる。何もリアクションせずに去るのもどうかと思い、しかし親しい友人というわけでもないので、軽く会釈をして終わりにしようとしたら、中から文雄が出てきた。
「到流くん」
先日は作業服を来ていたが、今日は白シャツにスラックスを身に着けており、若干印象が異なった。少しばかり、良い男に見える。
「……どうも」
「買い出し? 荷物凄いね」
「ええまあ」
「良かったら少し休んでいかないか?」
気さくに話し掛けてくる文雄の真意を図れずに、到流は怪訝な顔をする。
「ああ、いや。なんか疲れてる顔してたから、カメリアに戻る前の一服とか」
「はあ」
「僕の淹れるコーヒーで良ければ」
「……別に、いいのに」
呟きは文雄に届かなかったのか、すっかり迎え入れるような体勢になっている。到流の手にある荷物をさりげなく受け取り、既に文雄は自動ドアをくぐっていた。仕方なく、あとに続く。
店のテーマソングなのか、キャッチーかつ単純なメロディが小さく流れてきた。
〽まちーの でんきやさーん なかーせでんきー
「なんすかこの音楽は……凄く耳に残る」
接客用の椅子に座らされて出されたコーヒーを飲んでいた到流は、ぼそりと指摘する。店に入ってからほんの数分のうちに、メロディが何度もリフレインして脳内を侵略する勢いだった。
「ああこれね、学生時代にフォークソング同好会に所属していた友人が作ってくれた、店のテーマソング。意外と癖になるんだよね」
「電機屋さんもフォークソング、やってたんですか」
「いやぁ、僕は聴いてるだけだったけどね。でも楽しかったし、今でもその友人とはよく飲みに行くよ」
「充実してんすね」
「どうだろうね」
文雄は苦笑いをして、二人しか存在しない店内で同じようにコーヒーを飲む。
「到流くんは、充実してないの?」
「──してるように、見えます?」
「そういう表情ではないかな。でもまあ、僕としては羨ましいよ」
何が羨ましいのかさっぱりわからなかった。到流はカップにあるコーヒーを一気に喉に流し込むと、立ち上がる。
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