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10. 逡巡
何故だろう、と考える。
この男のことを、よくは知らない。相手だってそれは同じだろう。それなのに親しげに接してくれる気さくさに、心が動いたのだろうか。
仲良く、なれるのだろうか。
けれども、もし到流が心の奥に隠していることを話したなら、文雄はどう思うだろう。
「あ、さっき到流くん、何か言い掛けたかな? 僕、科白のタイミング奪っちゃった?」
「えと……」
もしも、このまま文雄と仲良くなったとして、あとで到流の真実を知った時に離れてゆくのであれば、先にこちらから言ってしまうのもありかと思った。
それで相手が引くのならそこまでだ。必要以上に傷ついたりしない。傷は、浅い方が良い。
「俺……父親に、会いたいって言われたのに拒否ったまま、に……なってて」
「……今は会いたいと思ってる?」
「後悔してるってことは、多分」
「それは前進じゃない?」
前進しているかどうかは、わからない。
何故なら父を許しているわけではないからだ。
けれど、と思う。
本当は、許すとか許さないとか、そういう次元の話ではないのではと。
「何か、言いづらいことでも話そうとしてる?」
人当たりの良い優しい笑顔で到流を見つめる男に、再びどきどきしてくる。この感情はなんなのだろうか。
優しくされることに、あまり慣れていない。マスターも良い人ではあるが、それは雇用主と従業員の関係だ。文雄は違う。
「……うちの父親、……殺人、の容疑で捕まって。今はもう出所したんすけど」
「え」
今度は文雄が黙り込む番だった。
やはり、受け入れがたいことだ。しかもこれは事件の全貌ではない。
言わない方が良かった。
しかし文雄は考えるように斜め上を眺めてから、やがて続けた。
「少し僕のことでも話そうか。……聞いてくれる?」
「え、はい」
後悔している到流を慮ったのか、文雄がコーヒーに口をつけながら軽く自分のことを話し出した。
「これは言ったことだけど、僕は元々今の仕事、継ぎたくはなかった。正直他にやりたいことがあったからね。だけど僕は長男でっていうより一人っ子でさ。他に店を継ぐ人もいない。今僕は『専務』なんて大層な肩書きだけど、従業員も大していない小さな電機屋だ。肩書きなんて虚しいだけだよね」
「……そうなんですか」
初対面の際に何か言っていたのをぼんやりと覚えている。
どんなに幸せそうに見える人間だって、何かしら不満は持っている。そのようなことだった。
文雄は端から見れば、小さいとは言え家業の電機屋を継ぎ、誰とでも親しく話すことが出来て、人当たりの良い好青年だ。到流とはまるで違う。けれども心の奥ではやはり、なんらかの不満を抱えているのだろう。
「だいぶ、親父とは揉めたんだよ。だけど色々本音をぶちまけ合って、完全に和解したわけじゃないけど……今はなんとなく毎日やり過ごしてる。到流くんは、お父さんと衝突したことがある?」
「衝突も何も、会ってないんで」
「一度ちゃんと会って、お互いの腹ん中出し合ってみたら良い」
本当のことを言っても、こんな風に優しく言ってくれるだろうか。
結局文雄には、真実を打ち明けることは出来なかった。
カメリアへの帰り道、夢の中で見たのと酷似したクリスマスイルミネーションが、やけに嘘臭く感じられた。
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