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11.β版
「──さて、どうするかな」
モニターを睨みながら、男は独り言を漏らす。
先ほどの到流の言動に引っ掛かる。
父が殺人の容疑で捕まったと言ったが、あれは本来の筋書きではない。
何か他にも言いたそうな雰囲気ではあったが、「父が捕まった」と言っている以上は、該当のバグを潰す必要がある。
己の罪を認めていないからだ。
数年前、殺人事件があった。容疑者は当時高校生であった少年A。
少年犯罪が増加し、更正施設に入れてもなかなか完全に更正するのは難しいのがこれまでの問題点だった。
そこで考え出されたのが、犯罪者更正プログラム・カメリアだ。
椿の花言葉である「完全 」を目指し、全うな人間を作り出す為に、罪を犯して収容した人間を強制的に眠らせて、プログラムを脳に直接送る。
仮想現実でさまざまな環境を与え、情緒に刺激を与える。どのようなリアクションが返ってくるかの統計を取り、その人間に最適の更正プログラムを組み上げるのだ。
少年Aが罪を犯した丁度その頃、カメリアのβ版が作られ、被験者に選ばれた。β版から得られた膨大な情報を元に、今は正式なバージョンのソフトウェアが製作され、実際に犯罪者の社会復帰に活用されている。
しかしながら、β版の問題点はいくつもある。例を挙げればきりはないが、味覚を感じにくいというのもその一つだ。製品版では既に改善されている。
実験に失敗しても、所詮は殺人犯。
表立っては言わないが、それが根底にあった。
開始から大分経過している現在、β版の実験は近々打ち切りになる。
こんなに時間がかかるはずではなかった。すぐに結果を出し、目覚めさせ更生しているのを確認するのがそもそもの計画だった。
長いこと犯罪者を収容するのはコストがかかる。コストを削減して手っ取り早く更正させる為のカメリアだ。しかしβ版と名の付くとおり、「完全」を目指すカメリアこそが「完全」ではなかった。
少年Aは目覚めない。
未成年の時にこの更正施設に来てすぐ、眠らされた。頭の一部を開き電気信号を送る。仮想現実が眠りの中で展開され、全うな人間として社会復帰出来るように矯正する為に。
適切な更正プログラムを組み直しながら、ソースコードにあるバグを一つ一つ潰していくのが男の仕事だ。既にある製品版を更に良くする為の検証も兼ねている。
ただこれは有意義な仕事とは言えない。終わりにするβ版実験の尻拭いでしかない。
嫌気が差して辞めた前任者に代わり、少年Aの担当となった。少年と言っても、眠りに就いた当時のことであり、現在は肉体的に成人している。
日がな一日一緒にいる。たまにカメリアが見せる仮想現実での出来事を、その口が話し出す。
「元々のコードに癖があるんだよな。誰だこれ書いたのは」
眠る少年Aの顔を見つめながら、コーヒーに口をつけて不満を漏らす。被験者にどのような感情を抱くのも間違いであると思うのに、こうも少年Aばかりを見ていると、不思議となんらかの情が湧いてくる。
プログラムを少しばかりいじり、自分好みの展開になるようにあえて仕組むのも、多少は許されるだろうか。
相手に好意を持つよう、少し変えてみた。
少年Aの心拍数が上がるのを確認して、一人満足する。他人の心を操るのは楽しい。
「ま、そうはなかなか、上手く行かないか」
相手を意識したとしても、それが行動にすぐ反映されるかは、元々の性質にも寄るだろう。
そもそも男女ではなかった。男性用のプログラムに、女性をモブ以外で出すのは基本的に禁じられていた。用途を逸脱する恐れがあるから、というのが理由のようだ。
ざらざらした映像としてモニターに映し出されるそれを見つめ、男は疲れたようにしばし体全体を傾けた。
「まあいい。今年度でこの仕事も終わり。好きにやらせて貰うか」
上司が聞いたら激怒しそうな言葉を吐いて、キーボードを叩き始める。
また少し、プログラムを変えてやろう。
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