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12.違和感のある手紙
夜遅くに洋食屋・カメリアに戻ってきた。店の前には赤い花を沢山付けた椿の木がある。それが店内から漏れる明かりに照らされて、闇の中にぼんやりと浮かんでいた。到流が店内に入ると、マスターが心配そうな顔で出迎えてくれた。
「到流くん、気を失ったって聞いたよ。大丈夫なのかい」
「ああ……はい。全然。気を失ったというより、寝てたのが近いのかも」
近頃深く眠れていなかったのは事実だった。落下した文雄に巻き込まれて一旦気は失ったものの、そのまま気持ち良く眠ってしまったに違いない。
「なら、いいんだけどね」
マスターは少し安心したように笑って、それから思い出したように厨房に戻ってゆく。
「夕飯はまだだろう。腹が減ったんじゃないかい」
「──ああ」
言われて確かに空腹を覚えた。マスターは到流の分の夕食を用意してくれていたようで、すぐにカウンターにオムライスが出てきた。
「悪いね、こんなんで」
出来上がっていたオムライスを出しながらすまなそうに言って、マスターは用事が済んだとばかりに端に寄せた椅子に腰を下ろした。
「ありがとうございます」
とても美味しそうなオムライスは、冷めていた為か非常に味気なかった。それでも空腹だったので胃に収め、後片付けをする。
「旨くなかったかい?」
「いや……なんか俺、味がよくわかんなくて」
「疲れているのかもしれないね。今日は早めに休みなさい。もういいよ、あとは私がやるから」
洗い途中の皿をマスターに取り上げられ、到流は厨房を追い出された。
確かに、疲れているのかもしれない。二階への急な階段を上がり、到流は早めに休むことにした。
マスターが気を利かせてくれたのか、既に暖房で部屋は温まっていた。なんとなく暑いと感じ、少し窓を開けてみる。どうせ見える景色など、代わり映えのしない隣の建物のコンクリート壁と這い回る蔦でしかないのだが、換気にはなる。
冷たい風が部屋の中に入ってきた。
空気の流動に、小さなテーブルに置かれていた物が部屋に舞う。今日届いたのだろうか、なんだか見覚えのない郵便物が床に落ちていた。
「……え」
裏返って差出人が目に入る。それは到流の父からの手紙のようだった。
何故ここの住所を知っているのだろう。祖母が教えたのだろうか。余計なことをしないで欲しいと顔をしかめながら、それを拾い上げる。
しばらく逡巡したが、ぴりぴりと封筒の端を破き、手紙を取り出す。
到流へ。
めずらしく先日ばあちゃんから電話があった。
ざっくり言うと、到流が俺をまだ怒っているらしいって話だった。
めんどうかもしれないが、一度三人で会いたい。
泣き言を言いたくはない。ただ、俺もあれからずいぶんと年を取った。
けじめをつけたい。ちゃんと到流と会って話したいんだ。
れんらく先と、洋食屋で働いていることをばあちゃんから聞いた。
ばあちゃんには頭が上がらない。
しばらくぶりに手紙を書いたせいか、どうにもまとまらない。とにかく、電話を待っている。
×××-××××-××××
手紙一番最後には、連絡先が書いてあった。ここに電話を寄越せということだろう。
三人で会う。というのは、祖母を交えてだろうか。
父からの急な提案に、到流は考え込む。そして文雄と話したことを思い出す。
『一度ちゃんと会って、お互いの腹ん中出し合ってみたら良い』
確かそう、言っていた。
これは良い機会なのではないだろうか?
ずっと父からの手紙を無視していた。もう二度と手紙など寄越さないだろうと思っていたが、このタイミングで到着した手紙は、何らかの啓示ではないだろうか。
会えと、誰かが言っている。
会ってどうなるのかはわからない。
けれど、この心のもやもやがどうにかなるのであれば、父に会うのはけして悪くない話だった。
到流は携帯電話を持っていない。手紙を握り締めたまま一階に降り、店に置いてある薄桃色の電話を借りることにした。
こういうのは、勢いで決めないと前に進めない。
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