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 器からは、ほのかにいい匂いが香った。  その匂いが鼻をくすぐったせいか、腹の虫は全力で『いいね』とアピールし始めたのだ。 「ッ!」  素直すぎる鳴き声を漏らした腹の虫。  その音は、当然この人にも聞こえていただろう。 「元気そうでよかった」  決して、驚いた様子はない。  男の人はそう言って、小さく微笑んでいた。 「スンマセン……」 「謝らなくていいよ。……無駄にならなくて本当によかった」  この人は、人生で一度でも豪快に笑ったことがあるんだろうか。 (そっちこそ、なにかしら食った方がいいように見えるんだが……)  吹いたら飛びそうなその人は、俺なんかより断然弱っていそうだ。  ……まぁ、それがこの人の素なんだろうけど。  俺の考えなんて露知らず、男の人はレンゲでお粥を掬った。 (ン? なんでこの人がお粥掬ってンだ?)  それだけじゃない。 「ふぅ、ふぅ……」  お粥に息をかけて、冷まし始めた。  さすがの俺でも、その行動の意味に気付く。 (――まさか!)  イヤな予感。  それが的中してしまう前に、先手を打って止めよう。 「あの――」  先手必勝。  それをする前に。 「あーん」  先手よりさらに、先手を打たれた。  ――男の人が、レンゲを俺の口元に差し出したのだ。 (いや、いやいやいやッ! 俺、もう成人してるんだぞ! 俺みたいな大の大人が『あーん』してもらうとか、絵面的に若干のホラーだぞ、オイ!)  さすがにこの歳になって、メシを食わせてもらうって?  しかも、相手は同性だぞ?  ってかそもそも、俺って割とヤンチャ系な見た目なんだがッ!  といった具合に、気恥ずかしさやらなにやらがこみ上げてきた。  ……が、それでも。 (でも……なんか、ウン)  恥ずかしさは、モチロンある。  だけど。  ――不思議なことに【嫌悪感】だけは、無かったのだ。 (男だけど、この人メッチャ美人だし……母性みたいな、父性みたいな……? なんて言うんだろうなァ……)  恥ずかしさ的な意味でのノーサンキュー感はある。  けど、拒絶的な意味でのノーサンキュー感はない。  ……この微妙な違い、分かるか? 分かってくれたら御の字だぜ。 「……いだだき、マス」  思わず、素直に口を開く。  俺をそうさせたのは、きっとこの人が。  ――キレイな顔を、しているからだろう。  俺は若干の気恥ずかしさを残しつつも、口を開いてレンゲを待つ。  すると男の人は、開かれた俺の口に向かい、レンゲを丁寧に入れてくれた。 (あったけェ……)  お粥なんて何年ぶりに食ったのか、思い出せない。  だから、このお粥の味がレトルトなのか。  それとも、この人の手作りなのか……そこら辺は分かんねェ。  けど、ぼんやりと考える。 (手作りだったら、なんか……嬉しいな)  そんな、メルヘン全開なことを。

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