17 / 69

3章[ 笑顔と不穏 ] 1

 口の中に広がっていたはずの、バウムクーヘンの味。  それが、一瞬で……消えた。 「え、ッ? か、れし……ッ?」  俺の聞き間違いだろ?  そうじゃなきゃ、おかしい。  思わず俺は、赤城さんに対して訊き返す。  すると、赤城さんは。  ――静かに、頷いた。 (聞き間違いじゃ、ないのかよ……ッ)  別に、偏見とかはない。  赤城さんは美人だと思うし、確かに……そっち系の男からは、モテそうだ。 (でも……彼氏がいる、ってことは……?)  つまり、付き合ってるってこと……だよな?  力なく、フォークを皿の上に落とす。 「ゲイ……なん、スか?」  同意の上じゃないと【付き合う】なんてこと、できっこない。  ――つまり、赤城さんもその【男の人】が、好き。  純粋な疑問に対して、赤城さんは真摯に答えてくれた。 「――すまない」  そんな、謝罪の言葉を。 (なんで、謝るんだよ……ッ?)  誰が誰を好きだって、別にいいじゃないか。  俺は別に、謝ってほしかったワケじゃないのに。  正面に座る赤城さんが頭を下げると、胸が痛い。 (違う、そんな……ッ。俺は、そんな顔させたかったんじゃなくて……ッ)  赤城さんの、小さな笑い方が好きだ。  バウムクーヘンに対して、ホワホワ笑ってる顔も好き。  だから、悲しそうにされると、困る。  それでも赤城さんは、悲しそうな顔をしているんだ。  皿に置いたフォークを見つめて、赤城さんは呟いた。 「その……軽蔑しても、構わない」 「なに、言って……ッ! そんなこと、しませんよッ!」  咄嗟に、うまい言葉は思いつかない。  酒に酔ってるワケでもないのに、舌がもつれる。  だって、そうだろ? 俺は今まで、そんなカミングアウトを誰かにされたことがないんだ。  それに、今までそんなこと……想定すら、したこともなかった。  それを、天使みたいに優しい赤城さんから言われて……悲しそうな顔を、されて。 (なんて言えばいいんだよ……ッ?)  言葉が出てこない俺を見て、赤城さんはまた、視線を落とす。 「でも。本渡君を助けたのは、本当に心配だったからで……他意は、なかったよ。……今も、ないから」  そういうことを考えているワケじゃない。  それなのに、赤城さんは。  ――「安心してほしい」と、続けた。 「そ、そうッスか……」  胸の辺りが、モヤモヤする。 (なんでだよ? 赤城さんは、俺を安心させる為に言ってくれたんだぞ?)  赤城さんは俺に、気を遣ってくれたんだ。  俺は赤城さんを軽蔑したり、気持ち悪いと思ったワケでもないのに。  ──早く、誤解をとかなくては。  そうは思っているのに、赤城さんの言葉がどうにも引っ掛かる。 (『他意はない』って言われて……なんで、俺は……ッ)  ――『知らない方が良かった』と。  ――『残念だ』と、思っているんだろう。

ともだちにシェアしよう!