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3章[ 笑顔と不穏 ] 1
口の中に広がっていたはずの、バウムクーヘンの味。
それが、一瞬で……消えた。
「え、ッ? か、れし……ッ?」
俺の聞き間違いだろ?
そうじゃなきゃ、おかしい。
思わず俺は、赤城さんに対して訊き返す。
すると、赤城さんは。
――静かに、頷いた。
(聞き間違いじゃ、ないのかよ……ッ)
別に、偏見とかはない。
赤城さんは美人だと思うし、確かに……そっち系の男からは、モテそうだ。
(でも……彼氏がいる、ってことは……?)
つまり、付き合ってるってこと……だよな?
力なく、フォークを皿の上に落とす。
「ゲイ……なん、スか?」
同意の上じゃないと【付き合う】なんてこと、できっこない。
――つまり、赤城さんもその【男の人】が、好き。
純粋な疑問に対して、赤城さんは真摯に答えてくれた。
「――すまない」
そんな、謝罪の言葉を。
(なんで、謝るんだよ……ッ?)
誰が誰を好きだって、別にいいじゃないか。
俺は別に、謝ってほしかったワケじゃないのに。
正面に座る赤城さんが頭を下げると、胸が痛い。
(違う、そんな……ッ。俺は、そんな顔させたかったんじゃなくて……ッ)
赤城さんの、小さな笑い方が好きだ。
バウムクーヘンに対して、ホワホワ笑ってる顔も好き。
だから、悲しそうにされると、困る。
それでも赤城さんは、悲しそうな顔をしているんだ。
皿に置いたフォークを見つめて、赤城さんは呟いた。
「その……軽蔑しても、構わない」
「なに、言って……ッ! そんなこと、しませんよッ!」
咄嗟に、うまい言葉は思いつかない。
酒に酔ってるワケでもないのに、舌がもつれる。
だって、そうだろ? 俺は今まで、そんなカミングアウトを誰かにされたことがないんだ。
それに、今までそんなこと……想定すら、したこともなかった。
それを、天使みたいに優しい赤城さんから言われて……悲しそうな顔を、されて。
(なんて言えばいいんだよ……ッ?)
言葉が出てこない俺を見て、赤城さんはまた、視線を落とす。
「でも。本渡君を助けたのは、本当に心配だったからで……他意は、なかったよ。……今も、ないから」
そういうことを考えているワケじゃない。
それなのに、赤城さんは。
――「安心してほしい」と、続けた。
「そ、そうッスか……」
胸の辺りが、モヤモヤする。
(なんでだよ? 赤城さんは、俺を安心させる為に言ってくれたんだぞ?)
赤城さんは俺に、気を遣ってくれたんだ。
俺は赤城さんを軽蔑したり、気持ち悪いと思ったワケでもないのに。
──早く、誤解をとかなくては。
そうは思っているのに、赤城さんの言葉がどうにも引っ掛かる。
(『他意はない』って言われて……なんで、俺は……ッ)
――『知らない方が良かった』と。
――『残念だ』と、思っているんだろう。
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