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俺にとっての赤城さんは、天使みたいに優しい人だ。
性欲とは無縁そうで、下ネタを振られたらすぐ真っ赤になりそうな……そんなイメージ。
だから……江藤の言っていることが、すぐには理解できなかった。
(ヘンタイ、って? 誰のことを、言ってるんだ?)
答えは、単純。
――赤城さんのことを、名指しで言っていたじゃないか。
「兼壱、やめてくれ……っ」
江藤に『恋人だ』と言われて、赤くなっていた顔が一変。
――赤城さんが、真っ青な顔をして江藤を見ている。
その表情が……全てを、物語っている気がした。
「ハッ! なんだよ、鈴華? 青い顔してよぉ? コイツには知られたくないってワケか? ン?」
対して、江藤は上機嫌そうだ。
ニヤニヤと笑いながら、赤城さんの肩に手を置いている。
赤城さんは江藤を振り払ったりせずに、俯く。
「彼は、大事な客人だ。余計なことは、言わないでほしい……っ」
「ハハッ! なるほどなぁ、客人! そうだよなぁ、そうだよなぁ?」
江藤は、赤城さんの頬を撫でた。
――かと、思いきや。
「――笑わせんなよ、ド淫乱が」
江藤の顔から、笑みが消えた。
それと、同時に。
――思わず目を閉じてしまうような、鋭い音。
どこから、そんな音が鳴ったのか。
考える必要は、なかった。
――音の出所は、目の前だからだ。
「……っ」
赤城さんは、小さく息を呑んだだけ。
キレイな顔に、俺が真里から受けたのと同じような赤みが差す。
――江藤がなんの躊躇いもなく、赤城さんの顔を叩いたからだ。
文句も言わず、悲鳴も漏らさず……不満も言わない赤城さんは、黙り込む。
「オレに隠れて、他の男連れ込んでンじゃねぇよ」
「……すまなかった、兼壱……」
殴ったことに対して、江藤は謝罪しない。
そして赤城さんも、謝罪を求めたりしていなかった。
(なんだよ、これ……ッ)
まるで、当たり前のように振るわれた暴力。
それを【おかしい】と思わない、二人。
――こんなの、絶対間違ってる……ッ!
「なッ、なにやってるんだよ江藤ッ!」
「あ? チッ。……うるせぇんだよッ!」
俺に対しても、江藤は怒鳴り始めた。
そして、誰も座っていないイスを、力任せに蹴り飛ばす。
蹴られたイスは、大きな音をたてて倒れる。
江藤はまるで子供のように、気に入らないことに対する八つ当たりを、物にした。
(こんな奴が、赤城さんの……彼氏?)
俺にはどうしたって、信じられない。
ちらりと、赤城さんを見る。
すると赤城さんは、自分の腕を掴んでいた。
(赤城さん? もしかして、震えてる……のか?)
まるで、耐えるように。
微かだけど、確実に。
――赤城さんは腕を押さえて、震えていた。
そこで俺は、確信してしまう。
(――赤城さんは日頃から、江藤に暴力を振るわれてる……ッ!)
はらわたが煮えくり返る、ということを。
俺はその日、初めて実感した。
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