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赤城さんにとって、俺はただの他人だ。
少しだけ、話したことがある。……その程度の、他人。
それでも、目の前で起こっていることを放置できるレベルの他人ではないつもりだ。
「――江藤ッ!」
俺は立ち上がり、江藤に詰め寄る。
すると江藤はさらに苛立ったのか、俺を鋭く睨みつけた。
「あ? なんだよ? ……ってか、もう【お礼】ってやつは済んだんだろ? なら、サッサと出てけよな」
これ以上ここにいたら、俺だって江藤になにをされるか分からない。
(だけど。……だからこそ。赤城さんは、どうするんだよ……ッ?)
江藤の性格は分からないが、きっと赤城さんが知らない男を家に招いたことが気に食わないんだろう。
真里の強暴バージョンみたいな感じだろうな、たぶん。
この読みが正しいとしたら……赤城さんをひとりでここに残すと、凄く危険だ。
このままだと、確実に今よりひどい暴力を振るわれる。
――それだけは、絶対にイヤだ。
「俺は――」
――赤城さんを放っておけない。
そう、続けたかったのに。
「――本渡君。……今日はもう、帰ってほしい」
──俺の言葉を遮ったのは、赤城さんだった。
ほっぺたを赤く腫らしたまま、赤城さんは顔を上げる。
その様子は……どうしたって、痛々しい。
「でも――」
このままだとどうなるか、赤城さんだって分かってるはずだ。
それなのに、一番危ない状況下にいるはずの赤城さんは……。
「今日は、兼壱と二人になりたいんだ。……勝手で、すまない」
──そう言って、小さく微笑んだ。
(赤城さん……ッ)
このまま俺がここにいたって、江藤の怒りを大きくするだけ。
赤城さんはきっと、それが分かってる。
……イヤ。
たぶん、それだけじゃない。
(――俺のことを、守ろうとしてるのか……ッ?)
聞かれたくない話も、あるんだろう。
赤城さんは、色々なことを天秤にかけたはずだ。
そのうえで決断したのが、俺の帰宅。
「玄関まで、送るよ。……それくらい、いいかな。兼壱?」
伺いを立てても、江藤は鼻を鳴らすだけ。
赤城さんは立ち上がり、俺に近寄る。
そして、自分についてくるよう、俺を促した。
(そんなこと、されたら……ッ)
赤城さんに、帰るよう指示されて。
そうされたら、断れるはずがない。
「今日は、バタバタしてごめんね」
「いや、大丈夫ッス。……あの――」
「僕は大丈夫だから、ね?」
玄関まで案内されて、会話を打ち切られる。
「さようなら、本渡君。気をつけて帰ってね」
そう言って、赤城さんは微笑んだ。
だったら俺は……帰るしか、なかった。
――それが結果的に、赤城さんを見捨てる形になってしまったとしても。
3章[ 笑顔と不穏 ] 了
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