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 コーヒーカップに手もつけず。  俺は赤城さんを、ジッと見つめた。 「この間、江藤から……あの後。大丈夫、でしたか?」  ――殴られていませんか?  ――暴力を、振るわれてないですよね?  意外と俺は、臆病なのかもしれない。  手っ取り早く伝えられる、直接的な表現。……それを、赤城さんに言えないのだから。  言葉を濁していても、赤城さんには伝わったのだろう。 「やっぱり、その話だよね」  そう言って、赤城さんは眉尻を下げて笑った。 「心配させちゃったね、ごめん」 「いや、そんな――」 「僕は大丈夫だよ。兼壱は確かに、ちょっと短気なところはあるし、口より先に手が出てしまう。でも、機嫌がいいときは凄くいい子なんだ。……本当だよ?」  赤城さんにとって、俺はただの他人だ。  交際関係についてどうこう言える立場じゃないし、そもそもそんなところは……踏み込まれたくもないかもしれない。  ……だけど。 「――でも、この間は【機嫌が悪い】江藤だったじゃないッスか」  俺は、他人かもしれないけど。  ──それでも俺は、赤城さんを放ってなんておけない。  コーヒーカップを持ち上げかけた赤城さんが、そのままソーサーの上に戻す。 「……意外と、痛いところを突くんだね」 「スンマセン。俺、回りくどいのとか、空気を読むとか気持ちを察するとか……そういうの、できないんス」 「ううん、いいよ。大丈夫。……心配してくれている、ってことだよね。本当に、ありがとう」  カップの取っ手を指でつまんだまま、赤城さんは視線を落とした。 「本当に、兼壱とのことは心配しないで。僕と兼壱の関係は、あれでいいんだよ」 「俺は、赤城さんが一方的に耐えているように見えました。それが【いいこと】だなんて、俺は言えません。到底、思えもしません」 「そうだよね。本渡君は優しいから、そう見えちゃうよね」  コーヒーを眺めていた赤城さんが、俺を見つめる。 「――でも、いいんだ。あの子は、僕に【付き合ってくれているだけ】だから。……だからね? 僕は、あの子が振るう多少の暴力も、許容できる。許容しなくちゃいけないし、そうしないと……あの子に、申し訳が立たないんだよ」  赤城さんは、笑顔だ。  ――だけど、違う。  バウムクーヘンを食べてる時とか、俺と他愛もない話をしていた時とは、違うんだ。 (そんな寂しそうな顔、しないでくれよ……ッ!)  あまりにも、寂しそうに。  恋人との甘い話をしているよりは、悲しい出来事を話しているかのような。  そんな笑みを、赤城さんは浮かべているんだ。 (どうして、赤城さんがこんな顔……ッ)  コーヒーカップの取っ手を、ギッ、と……強く掴む。  俺は、赤城さんの笑顔が好きだ。  だけど、こんな笑顔は……見ていたく、ない。  そう思うと同時に、俺は。 「――俺なら、赤城さんにそんな顔……絶対、させません」  ぽろっ、と。  そんな、おかしなことを言ってしまっていた。  俺を見る赤城さんの目が、驚いたように開かれる。  そしてたぶん俺も、驚いたような顔をしているのだろう。  そんなこと……言うつもり、なかったんだから。

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