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聞かせるつもりのなかった独り言を拾われて、俺は動揺してしまった。
だけど、赤城さんは言葉を続ける。
「一応、言っておくけど……」
ゴクリと、ツバを飲み込む。
次に出てくる言葉が予想できず、俺は黙って赤城さんの言葉を待った。
「その……僕に、そういった相手は……い、いない、から……っ」
――赤城さんの顔が、赤くなっている。
色白な赤城さんが赤くなると、結構目立つ。お酒でも飲んだのかというくらい、真っ赤だ。
モチロン、赤城さんの言ってる【そういう相手】が【セフレ】のことだっていうのは、分かってる。
「ッ! わ、分かってますよ、そんくらい!」
――突然なにを言い出すんだ、この人は!
まさか、赤城さんの方からそんなことを言われるとは、思っていなかった。
メチャクチャに動揺した俺を見て、赤城さんは変な勘違いをする。
「疑っているね?」
「ンなワケないじゃないッスか! 赤城さんはそういうこと、シなさそうなイメージ、なん、で……ッ!」
動揺が、口に出てしまう。
この動揺は、赤城さんの言葉に対してじゃない。
(クソ……ッ! なにも、今思い出さなくたっていいだろ……ッ!)
思い出したのは、この間のこと。
――赤城さんのことを考えながら、オナった日のことだ。
だけど、口ごもった本当の意味を赤城さんは知らない。
「動揺しているじゃないか……」
「こ、コレは違います! ……とにかく! 俺は赤城さんのこと信じてるんで、安心してください! マジで!」
――クソ、顔向けできねェ……!
分かってる。
赤城さんだって、大人の男だ。エロいことを嫌いじゃない可能性だって、十分にあるだろう。
だけど俺にとって赤城さんは、天使なんだ。性的なこととは無縁そうな、禁欲的な天使なんだよ!
(とかなんとか言って、その天使をズリネタにしたのはどこの誰だって話なんだけどな、マジでッ!)
赤城さんと体の関係は持っていない。
それでも俺は、一度だけとは言え……赤城さんを【そういう目】で見てしまったのも事実。
だからと言って、江藤の言う通りセフレになるつもりは、ない。
「……あ? オレがいない間に、随分と楽しそうじゃねーか?」
「あ、兼壱。……電話、終わったのかい?」
「おう、くだらねー話だったからな。……んで? 本渡の奴はなにしてるんだ? ひとりで頭抱えて、テーブルに突っ伏してよ」
「正直なところ、僕にもよく分からないんだ……」
電話を終えたらしい江藤が、リビングに戻ってきた。
だけど俺は今、江藤に顔を向けることすらできない。
(変なこと言いやがって、江藤のヤロー……!)
圧倒的な、八つ当たり。
そう分かっていながら、俺は心の中で江藤のことを呪った。
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