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7章[ 一方的と虚しさ ] 1

 玄関の扉を開いた家主――赤城さんは、驚いた様子で俺を見上げた。  お風呂上がりなのか、髪が濡れているように見える。 「こんばんは、本渡君。……もしかして、忘れ物を取りに来てくれたのかな?」 「こんばんは。……連絡もしないで、スミマセン」 「気にしないで? でも、ふふっ。こんなに早く来るとはさすがに思ってなかったから、驚いたな」  赤城さんは可笑しそうに、クスクスと笑う。  ――その笑顔を見ると、抱き締めたくなる。  赤城さんは笑った後、ふと、表情を暗くした。 「……あ、れ? 本渡君、その頬は……っ?」 「え? あ、あぁ……」  赤城さんの視線が、俺のほっぺたに向けられる。  真里にビンタされた方のほっぺただ。  もしかして、赤くでもなっているんだろうか。……いや、なってるな。真里、マジで容赦なく叩いてきたし。 「と、とりあえず、中に入って?」 「お邪魔します」 「どうぞ」  中に招かれ、扉を閉める。  靴を脱いで通路に立つと、不意に。  ――ふわりと、いい匂いがした。 「手当てしないと……。口の中、切ったりしていないかい? ぶつけたの? それとも、その……誰かと喧嘩した、とか?」  俺のほっぺたを見たまま、赤城さんがオロオロしている。  ――いい匂いは、赤城さんの髪からしているんだ。 「とにかく、まずはリビングに来て?」  そう言って、赤城さんが背中を向ける。  華奢で、細くて……儚いその、後ろ姿。  ――手の届く範囲に、赤城さんがいる。 (ヤッパリ、俺……赤城さん、が……ッ)  俺はそのまま、赤城さんを。 「――っ! ほ、本渡、くん……っ?」  ――後ろから、抱き締めた。  突然抱き締められた赤城さんは、さすがに動揺しているらしい。  激しく抵抗をしたりはしないけど、身じろいではいる。 「足、怪我してるのかい……っ? 今、倒れかけた、とか……っ?」 「そう思いますか?」 「それ、以外……思い、つかなくて……っ」  女と違って、体が硬い。  細いけど、ヤッパリ赤城さんは男だ。  だけど、いい匂いがする。  それに、当然だけど……温かい。 (あぁ……ホント、俺……ッ)  このまま、離れたくない。  そんなこと不可能だけど、思わずそんなことを考えてしまった。  そして……考えるより先に行動をしてしまう俺は、ポツリと、呟いてしまったのだ。 「――好き、です」  ――ついさっき自覚したばかりの、恋心を。  この距離で、赤城さんが聞き間違えるはず、ない。 「……え?」  腕の中にいる赤城さんが、ピタリと動きを止める。  この『え?』は、訊き返したいって意味じゃない。  たぶん『なにを言っているの?』という意味だ。 「スミマセン、赤城さん。ホント、スミマセン……ッ」 「ほ、んど……くん? な、なにを、言って――」 「俺は、赤城さんのことが……好き、なんです」  抱き締める腕に、力を籠める。 「赤城さんって、どんな男の人が好みなんですか?」 「え……っ! い、いきなり、そんな……っ」  腕の中の赤城さんが、小さく身じろいだ。  ――赤城さんのこの反応は、当然だな、と。  俺は漠然と、そんなことを考えた。

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