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 こんな顔をさせるつもりじゃ、なかった。  好きな人の、傷ついたような顔。……そんなのを見たがる人なんて、どこにいるだろうか。  ……サディスティックな人? なら、俺は違う。 「やめてくれ。……やめて、くれ……っ! ……違う、僕は……僕はちゃんと、兼壱のことを……っ!」  今にも泣いてしまいそうな声だ。  首を横に振って、赤城さんは俺の言葉を否定する。  それはまるで……自分にも、言い聞かせるように。 「僕は、ただ……きみと、話せるのが楽しくて……すごく、嬉しかったんだ……っ。なのに、こんな……こんなの、駄目に決まってる……っ! 僕は、きみが思っているような……優しい人間じゃ、ないんだ……っ!」  瞳に涙をいっぱい溜めた赤城さんと、目が合う。 「すまない、すま、ない……っ」  ――俺の、好きな人を。  ――俺の好きな人自身が……否定、しないでくれよ。 (なんで、こうなっちまったんだよ……ッ)  俺が、気持ちを伝えてしまったから?  それとも……江藤のことを、否定してしまったからかもしれない。  ちゃんと、分かっていたんだ。  気持ちなんて、伝えちゃダメだって。  赤城さんの好きな人は、江藤なんだってことも。  全部、ちゃんと……ッ。 「……ハハッ」  思わず。  乾いた笑いを、漏らしてしまった。  涙目になった赤城さんが、俺を見下ろす。  俺はその瞳に、どんな視線を返していいのか……分からなかった。 「スミマセン、赤城さん。……さっきの赤城さんの意見に、賛成するッス。お互いに、今日のことは忘れた方がいいッスよね。……今日のことだけじゃなくて、全部。全部、忘れてください、なんて。そんなの、都合よすぎるッスかね、マジで。……でも、忘れてもらえませんかね……ッ?」  ――気持ちを伝えて、友達の距離を壊したのに?  ――その結果、迷惑をかけて……赤城さん傷つけたのは誰だ?  自分で言って、反吐が出る。  偽善なんてモノじゃなくて、もっと、酷い……どうしようもない、上っ面すら取り繕えていない、ウソっぱちだ。  なにを言ったって、俺はただのウソ吐き。 (もう、これ以上……赤城さんに、なにができる?)  なにをしていいのかも、分からない。  ふと、テーブルの上に視線を投げた。  そこには……赤城さんが教えてくれた、忘れ物。  腕時計が、置いてあった。 「あぁ。忘れ物って、コレのことだったんスね。腕時計忘れるとか、マジ社会人として終わってるって感じッスね、ハハッ。……教えてくれて、ありがとうございました」  テーブルの上に置いてある腕時計を、手に取る。  確か、外して……この時計のなにがどうカッコいいのか、赤城さんに説明したんだっけ。  ――もう、そんなくだらないことも話せやしないけど。 「スミマセン、赤城さん。……今日のことも、なにもかも。身勝手だって分かってるんスけど、お願いします。……俺のこと、忘れてください」 「そ、んな……っ! 違う、本渡君、僕はそうじゃなくて――」 「お邪魔しました」  赤城さんが、なにかを言いかけていた。  俺を引き留めようとした赤城さんの言葉を、ムシする。  ――これ以上、赤城さんに……言わせたくないことを、ムリヤリ言わせたり、したくない。  だから俺はその場から、逃げるように立ち去った。 7章[ 一方的と虚しさ ] 了

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