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赤城さんはきっと、自分が男しか愛せなくて……沢山、悩んだんだと思う。
きっと誰にも受け入れてもらえなくて、受け入れてもらうことすら諦めていたのかもしれない。
そこで、赤城さんは江藤と知り合った。
そして江藤は、赤城さんの弱さを利用したんだろう。
「はー、笑った笑った。なんだ? ゲイとかホモってやつは、オレを笑わせるプロかなにかかよ? 鈴華といい、お前といい……ホンット、サイコーだわ」
すぐに、別の酒が江藤のグラスに注がれる。
江藤はそれをゆっくりと飲みながら、俺の言葉を待っていた。
「初対面の時、俺はお前に訊いたよな。赤城さんのことが、本当に好きなのかって。……お前、あの時……」
「あー、あったな、そんなことも。アレは鈴華がいる手前、とりあえず『愛してる』って言っただけだけどな、ヒャハハッ!」
「……あぁ、そうかよ。じゃあ、江藤は赤城さんのことが好きじゃないんだな? 付き合ってやってるだけ、なんだよな?」
「さっきからそう言ってるだろ? なんだよ、本渡? まだ一滴も飲んでねーのに、もう酔っ払ってんのか?」
そう言って、江藤は俺の分として用意されたグラスを指で押す。
――酒。
――そうか、酒か。
――江藤は酒が好きなんだろうな。
そこまで考えた俺は、グラスをしっかりと握った。
――そして。
「――なら、お前はもう用済みだ」
立ち上がり。
握ったグラスを、一気に。
「――は?」
――江藤の頭上で、ひっくり返した。
一瞬で、江藤が頭のてっぺんからびしょ濡れになる。
当然、隣に座っているキャバ嬢にも酒はかかったが、どうだっていい。
俺はグラスをテーブルに叩きつけ、ポカンとした江藤を睨みつけた。
「オイ、江藤。携帯出せ」
「は? なんだよ、いきなり。つーか、なにやってんだよ、本渡」
江藤の機嫌が、急降下していくのが分かった。
だが、俺は江藤の態度には怯まない。
――むしろ、怯むのは。
「出すのか出さねェのか、サッサと決めろ。……三度は言わねェからな」
「……ッ」
江藤が、小さく息を呑んだ。
……どうしてかって? なんでだろうな?
――俺が、江藤の指を曲がらない方向に引っ張ろうとしたから……ってのは、原因じゃないだろう。ウン。
「お、まえ……ッ! オレにこんなことしていいって思ってんのかよッ! オレに傷でも負わせてみろ? 鈴華がなんて言うか――」
「お前は二度と、赤城さんに関わらない。……今ここで誓え」
江藤の指を握る手に、力を籠める。
そうすると、江藤の口角が引きつった。
「い、ッ! や、やめろ、分かった、誓うッ!」
「そうか。分かってくれて助かる。……ところで。俺はさっき『三度は言わねェ』って言った気がするんだが?」
「わ、わっ、分かってるっつの!」
人の金でイキって、自分より立場の弱い相手にしか強く当たれない。
江藤はきっと、そういう男だ。
――だからこんな、単純な脅しにもすぐに引っかかる。
江藤が俺に、携帯を差し出す。
俺はすぐに携帯を操作し、赤城さんの連絡先を探した。
そしてすぐに、消去する。
「いいか、江藤。今後、一度でも赤城さんに近付いてみろ。……俺は絶対に、お前を許さない」
そう言ってから、キャバ嬢が口をつけていないグラスに目を向けた。
そこに向かって、手を伸ばす。
「赤城さんがくれたお金は、手切れ金だ。……そうだよな、江藤?」
――握っていた携帯を、酒に沈めるために。
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