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 江藤の携帯は、一瞬で水没する。  その様子を呆然と眺めていた江藤は、激昂して俺を睨みつけた。 「……ッ! だ、誰があんなホモヤローに関わるかよ! ふざけんなッ! あんな奴、欲しけりゃくれてやるッ! オレにとったらただのセフレみたいなもんだからな!」  ――指の関節、全部逆向きに曲げてやろうか。  なんて考えたが、そこまでするのもバカらしい。  今はそんなことより、やりたいことがあった。 「じゃあな、江藤。……お前のこと、最初から全然好きじゃなかったけど……話が早くて助かったから、そこだけはいい奴だと思う」  ニッコリと、笑みを浮かべる。  そうするとなぜか江藤は、表情を強張らせた。 「お、まえ……マジで、イカレてやがる……ッ! お前は、女が好きだったんだろ? なのに、なんで鈴華なんかを選んだんだよ……ッ」  俺に彼女がいたことを、赤城さんから聞いたんだろうか。  ……俺がいないときにも、赤城さんの口から俺の話題が出た。  それが、ちょっとだけ嬉しい気がする。  カバンを持った俺は、江藤を見て笑う。 「お前には教えねェよ」  江藤は、恋人を盗られて怒ってるんじゃない。  きっと、お気に入りのオモチャを奪われて、怒ってるんだ。 「……ハッ! あっそ、どーでもいーわ! 鈴華がいなくなったって、オレは相手に困らねーしな! サッサとどっか行け、クソホモヤロー」  まるで、子供のような態度だ。  ――『どこか』なんて、行き先は決まってる。  最後にもう一度、江藤を見た。 「……なんだよ」  初対面では、高圧的で怖い奴だと思っていたが。  今は……精一杯威嚇している、よく吠える犬みたいな奴だ。 「もし、赤城さんに近寄ったら……今度こそ、テメェの指は全部折る」  江藤には悪いが、俺だってお前と同じなんだよ。  ――不機嫌そうな顔をしていると……『怖い』って、よく言われるんだ。  江藤が竦み上がったように震えた、気がする。  だけどもう、俺と江藤の間にはなにもない。 「……お酒、ムダにしてスミマセン」  ずっと黙っていたキャバ嬢たちに、頭を下げる。  なんでかキャバ嬢たちも真っ青な顔をしているように見えたが、店の照明が原因だと思いたい。……思わせてくれ。  俺はカバンをしっかりと抱え直し、歩き出す。 (――謝らなくちゃいけない相手がいるんだ)  俺にとっては善意でも。  相手にとっては、悪意にしか受け取られないかもしれない。  ――好きな人にとって、俺は善人でありたかった。  ――あなたが、そうしてくれたように。  店を出て、慣れたはずの道を求めて、走り出す。 (独りよがりのクソヤロウだけど、それでも……もう一回だけ、チャンスをください……ッ!)  暗い道を、一人で走る。  大切で、大好きなあの人の元へ。  俺は自分が出せる全速力で、赤城さんの家に向かった。 8章[ 真相と離別 ]

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