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家の中に入り、いつものリビングに向かった。
そしていつものイスに座って、いつも通りテーブルを挟む。
「――僕は物心ついた頃から、男性しか愛せなかった」
お互いにスーツを着たまま、重苦しい空気に耐える。
「初めてそれを拒絶し、否定したのは……僕の、両親だ。思い出したくもないほど、酷いことを言われたよ。『同性を好きなことは、絶対に許されないことなんだ』って。『僕の思想は許されないことなんだ』って、思い込むしかないくらいに」
テーブルに置かれた、赤城さんの手。
その手は小さく、震えている。
「当然、同年代の人に話したことはない。もとから僕は人と話すのが得意じゃなかったし、その……色恋の経験がなかったから、同性に優しくされたら勘違いしてしまうかもしれないと思って、人と関わることを避けていた」
「はい」
「それでも、恥ずかしい話……僕は、ひとりきりで生きていけるほど強い人間じゃなかったんだ」
そんなの、誰だってそうだろう。
……そう言っても、きっと赤城さんはその言葉を素直に受け止めてくれない。
「去年、僕は初めて、ひとりでバーに行った。そのバーで、僕は兼壱と出会ったんだ」
確かに、江藤は飲み屋ならどこでも好きそうだ。
予想外なような、予想できるような……そんな、出会い。
「酔っていた僕は、もう二度と会うことはないだろうと思った兼壱に、今まで隠していたことを全部、吐き出してしまった。それを兼壱は、うんうんって聞いてくれたんだ。……僕は、それがただただ、嬉しかった。拒絶されなかったことが、本当に……嬉しかったんだ」
ギュッと、赤城さんは自分の手を握り締めた。
「その日に、僕は……初めて、男の人に抱いてもらった。そのときまで、想像するしかなかった行為を……兼壱は、僕にしてくれた。だから、認められた気がしたんだ……っ」
握り締めた手を、ほどき。
赤城さんは、自分自身の顔を覆ってしまった。
「拒絶されなかったことが、嬉しかった……っ。こんな僕でも受け止めてくれたことが、嬉しかったんだ……っ! 兼壱はこっち側じゃないことを、僕は知っていた。兼壱が僕のことを恋愛対象として見てくれないことも、分かっていた……っ。なのに、僕は……っ!」
声が、涙交じりのものに変わっていく。
「――僕は、また独りになるのが怖くて……必死に、兼壱を繋ぎ留めてしまったんだ……っ!」
赤城さんの言葉を、思い出す。
『僕は、酷い男なんだ……っ。きみに愛してもらえるような、そんな人間じゃない……っ!』
あれは、このことを言っていたんだ。
自分がまた、誰にも受け入れてもらえないまま、ひとりぼっちになってしまうこと。
それが怖くて、どんな要求を呑んででも……江藤を、繋ぎ留めた。
――これこそが、赤城さんの言っていた【江藤を許容しなくちゃいけない理由】だったんだ。
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