60 / 69

9 : 3

 ひとりぼっちになることを恐れた赤城さんが、江藤にしてしまったこと。  それを『悪いことだ』と責める気は、全く起きなかった。 「幻滅、させたよね。きみが思い描くような僕は、初めからいなかったんだから。僕は自分のためだけに、ひとりの男を利用していたんだ。……きみに愛される権利も、資格も……僕には、ないんだよ」  赤城さんにとったら、江藤にしたことは【自分勝手なこと】だったのかもしれない。  自分の保身を考えた行いだったと、後悔しているんだろう。  だけど、だからって……ッ。 「赤城さんは江藤に、酷いことをされたじゃないッスか。だから、俺は赤城さんを酷い人だと思わないッスよ! 俺にとって赤城さんは、変わらずステキな人なんスよ……ッ!」  そう言っても、赤城さんは顔を見せてくれない。  力無く、何度も首を横に振っている。 「駄目だよ、本渡君……っ。僕は、きみを利用したくない……っ」 「利用だなんて思わない。俺は、赤城さんに頼まれたって離れることができないんスから……ッ!」  ガタッと、勢いよく立ち上がった。  その音がリビングに響くと同時に、赤城さんが叫ぶように言い放つ。 「――きみは優しいからッ! だから、僕はきみを傷つけたくないッ!」  ついに。  赤城さんが両手を、顔から放した。  ――また、俺は。 「いつかきみは、男の僕を選んだこの日を後悔するかもしれない! 優しいきみはきっと、それを僕に言い出せないだろう? だけど僕はいつか、きみを手放せなくなるかもしれない。そうしたら、僕は一方的にきみを不幸にするだけになってしまう! そんなっ、そんなのは……もう、誰かに負担をかけるだけの生き方は、嫌なんだ……っ!」  ――赤城さんを、泣かせてしまった。  ポロポロと涙を零す赤城さんが、首を横に振る。 「僕はずっと、おかしいんだ……っ! きみと一緒にいると、兼壱にも抱いたことのないような安心感に包まれて……離れると、悲しくなる……っ。優しいきみに依存してしまうのが、怖い……っ! 優しいきみに見限られて、友達として会うことすら許されなくなるのが……堪らなく、怖いんだ……っ!」  泣きじゃくりながら、赤城さんが痛々しく叫ぶ。 「きみを、傷つけたくない……っ! きみの目が、いつか覚めてしまうんじゃないかと思うと……僕は、堪らなく……その未来が、怖いんだ……っ!」  これはきっと、赤城さんの本心だ。  ――なら、俺は。 「――それって……赤城さんも、俺のことが好きってことッスか?」  ――嬉しくなってしまっても、いいんだろうか?  確かに俺は、女が好きだった。  男を恋愛対象に見る日がくるなんて思ってなかったし、今も、赤城さん以外の男にときめくのか、分からない。  ずっと男を好きだった赤城さんからしたら、そうじゃない俺との恋愛は怖いことだらけなんだろう。  ――その恐怖を、俺はどうしたって取り除けない。  だけど、好きな人からこんなことを言われたら……舞い上がってしまっても、仕方ないじゃないか。 「江藤より、俺の方が好きってことッスか? 俺を選んでくれる可能性が……望みがあるってことッスよね?」 「嫌だ……っ、これ以上、踏み込まないで……っ」 「怖いのは、分かります。赤城さんの言ってること、分かってないワケじゃないんスよ。……でも、それでも……ッ」  歩いて、赤城さんのそばに寄る。  赤城さんは何度も首を横に振ったけど、そんなのムシしてしまおう。 「――俺は、赤城さんが大好きです」  イスに座る赤城さんを、抱き締める。  赤城さんの腕は、決して俺を抱き締め返してくれない。  それでも俺は、赤城さんを抱き締め続けた。

ともだちにシェアしよう!