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リストランテの勤務中、精神状態は最悪だった。せめてもの救いは、帰りに柊さんが迎えに来てくれる事が決まっていた事だけ。 柊さんなら甘やかしてくれる、俺を大事にしてくれる。我ながら、とんだ卑怯野郎だと心の中で自嘲する。自己嫌悪しながらなんとか閉店時間を迎える。 店のドアベルが鳴り、入ってきた人物の姿にホッとした。 「こんばんは」 いつもの調子で、カウンター席に座る柊さんに目配せをすると、にっこり笑顔で手を振られて心が温かくなる。そうだ、俺は柊さんが好きなんだ。伊織なんてもう良いじゃ無いか。『ココア』って言われても、もう、知らない。 再度、ドアベルが鳴った。 閉店間際なのに立て続けとは珍しいな、と声と目を向ける。 「いらっしゃいま・・・」 そこには、何故だか伊織がいた。 そこからは、カウンター席に柊さん、伊織と気まずい中でホールとしての仕事をこなし、特に2人とも話す事無く退勤する。柊さんがカウンターに来ていると、気を遣って少し早く退勤させて貰えるのが今日は恨めしいとすら思った。 店の勝手口から出ると、突然ぐいっと誰かに手を引っ張られた。伊織だった。 「おい、話がある」 「話なんてないよ。離せよ」 振り払おうとしても、俺より身長が高くてジムでも鍛えているらしい伊織はビクともしない。 「おい、何してるんだ」 低い声が響くと同時に、目の前にスーツの背中が現れる。 「嫌がってるじゃないか」 「お前には関係ねーよ。奏多、行くぞ」 「・・・そうか、君が伊織くんか」 俺の腕を掴む伊織の手を握る柊さんが、俺と伊織とを見比べて、納得したように呟いた。 伊織と俺の間に何かあった事を察してくれたらしい。 「ここでは目立つから、話があるなら俺の家に行こう。だから、手は離せ」 今まで優しい声しか聞いた事のなかった柊さんの厳しい声に、伊織はようやく俺の手を離した。 「さて、で?一体何があったのかな?」 柊さんの家でダイニングテーブルを囲んで座らされた。隣の柊さんが、腕を組んで伊織を睨んでいる。 見たことの無い柊さんの様子と、伊織が目の前にいる事にどぎまぎしてしまう。 「こいつは俺のモンなんだよ」 うなるように、伊織が口を開いた。俺のモン。少し前までだったら、喜べた言葉だろうに心から喜べない俺がいる。 「君、聞いてたら女の人をとっかえひっかえなんだろ?」 柊さんが馬鹿にするように鼻で笑う。 「それに、奏多は君の物では無いよ」 奏多。柊さん、今、俺を呼び捨てにした。初めての事に驚いて柊さんを見ると、相変わらず鋭い目を伊織に向けている。 「・・・奏多、お腹減ってるよな、ごめん。俺の財布持って行って良いから、ご飯買ってきてもらって良いかい?」 「え、あ・・・はい。分かりました」 渡された財布を持って、睨み合っている2人を置いて柊さんの家を出る。きっと、俺は2人に何も言えないからきっと、柊さんが気を利かせてくれたに違いない。 俺が柊さんが好きで伊織は嫌い、と言い切れれば良い話なのだ。自分が情けなくて、唇を噛み締める。

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