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プロローグ3

 エレベーターホールからいくつかのセクションを抜けた先で田ノ浦は足を止めた。  入り口で社員証を翳してセキュリティーロックを解除する。目の前に奥行きのある空間がひろがり、必要に応じてパーティションで仕切られ、書棚や機材、キャビネット、事務机等が配置されていた。  田ノ浦の先導に従って群司は通路を奥まで進む。部屋の最奥、大きなガラス窓を背に大ぶりのデスクが設置されており、田ノ浦はそのまえで立ち止まった。 「門脇(かどわき)部長、八神くんお連れしました」  この部署のトップであろう五十代半ばくらいの男が立ち上がる。中肉中背で額の面積がややひろがり気味だが、温厚そうな人物だった。だが、穏やかそうな笑顔とは裏腹に、いかにも切れ者といった印象の鋭い眼光を備えていた。 「やあ、ようこそ。天城製薬バイオ医薬研究部へ。歓迎しますよ、部長の門脇です」 「本日からお世話になります、八神群司です。よろしくお願いします」 「桂華(けいか)大生だってね。私もOBだよ。こちらこそよろしく頼むね」  言ったあとで、在籍している社員全員に向かって声を張った。 「はい、ちょっといいかな。作業中断できる人は集まってくれる?」  部長の呼びかけで、三十人ほどが集まってきた。電話応対をしていたり、自席を離れられない事情がある者たちの何人かもその場で立ち上がっている。  田ノ浦にうながされて、群司は門脇部長のデスクの傍らから、集まってきた人々のほうへ向き合うように立ちなおした。 「今日から研究アシスタントとして一緒に働いてくれる八神群司くん。私の母校でもある桂華大の学生さんだから、みんな、将来有望な若者ってことで仲良くしてやってください。八神くんからもひと言いいかな?」  うながされて、群司ははいと頷く。 「はじめまして、八神群司です。経験不足でご迷惑をおかけする部分も多いかと思いますが、精一杯頑張りますのでよろしくご指導ください」  キビキビとした口調で挨拶をし、頭を下げると集まった人たちのあいだから拍手が起こった。  スタート地点にはなんとか立つことができた。この先をどうするかは、すべて自分次第なのだと腹を括る。 「若いイケメンくんが来たからって、女性諸君は浮き足立たないようにねぇ」 「部長、それハラスメント発言ですよ」  湧き起こる笑い声に合わせて、群司も苦笑いを零した。  いかにも物慣れていないふうの笑顔を浮かべるその裏で、ひとりひとりの様子と部屋全体の雰囲気をさりげなく観察する。  ひそかな戦いが、はじまろうとしていた。

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