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第1章 第1話(1)

「八神くん、昨日頼んでおいたバイオマーカー関連のめぼしい文献、ある程度集まった?」 「あ、はい。一応いまの段階でゲノミクスとプロテオミクスを中心に、項目別、日付順でまとめておきました。いちばん上がピックアップした文献の一覧です」  タックシールと付箋で分類した書類の束をファイリングしたものを手渡すと、その場で中身にざっと目を通した研究員の寺島は満足げに「おお」と感歎の声を漏らした。 「仕事早いね。昨日の今日でもうこんなまとまってる! メチャクチャ見やすい! 助かった。ありがとう、また頼むね」 「お役に立ててよかったです。追加で見つけたら、またお持ちします」  ホッと息をつくまもなく、少し離れた島から別の声が飛んでくる。 「ごめん、群ちゃん! こないだのサイトカイン分泌量の変遷って、もうデータまとまってる?」 「あ、すみません、遅くなりました。一〇分ほどまえにそちらに添付ファイルで送信したと思うんですけど、届いてませんか?」 「あ~、ほんとだ。来てた来てた。ごめん、見落としてた――って、これ、標的分子もばっちり分類済みじゃん! なにこの有能っぷり」 「恐縮です」 「もうさあ、君、このままうちに入っちゃいなよ~。メチャクチャ大歓迎」 「だよねぇ。顔よし、性格よし、仕事おぼえよしって言ったら鬼に金棒じゃん? 余所に()られるまえに、ぜひうちで貰い受けたい」 「小松さん、人事に顔()くっつってましたよね? 期待の新人ってことで、もういまから手回ししときましょうよ」 「おいおい、堂々とそういうこと言うなよ」 「いやもういっそ、うちの部署全体の総意ってことで、ここはガツンと強力なコネを。コネって言うか、このままインターンシップってことにしちゃっていいんじゃないですかね?」 「うちの総意はともかく、インターンは時期が違うだろ。もっと先だ。たしか募集は六月以降だったかな。期間も一日とか三日とか、うちは短期のやつしかやってないからすでに即戦力になってる子にいまさら意味がないだろ。そもそも八神くんの希望ガン無視じゃないか。進学するか就職するかもまだ検討中って話なんだから」 「いや、八神くんももううちの一員なんで、まるっとひっくるめた総意ってことで」 「って、八神くんも入ってるんか~い!」  周辺でドッと笑いが沸き起こる。  はじめのころは不要になった書類のシュレッダー作業や資料整理といった、いかにもアルバイトらしい雑用を任される日々だった。しかし群司は、そういった雑務の合間に、手にとることができる書類や端末の内容を細かくチェックし、各班で行われている作業内容も把握していくよう努めた。そのうえで率先してなにか手伝えることはないかと自分から声をかけて仕事をもらうようにし、任されたことは相手が期待する以上の仕上がりとなるよう心がけていった。そうすることで少しずつ研究員らの信頼を勝ち取り、より踏みこんだ領域での仕事を任されるようになりつつあった。

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