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第1章 第1話(2)

「評判いいねえ」  気がつくと傍らに部長の門脇が立っていて、ニコニコと群司を見ていた。 「あ、いえ。すべて皆さんのご指導の賜物です。わからないことは丁寧に教えていただけますし、俺――僕のほうこそ日々勉強になってます」 「謙虚だねえ」  門脇はおおらかに笑う。そのあとでさりげなく付け足した。 「八神くんさ、うちに来る気があるなら遠慮なく言ってね。いまのみんなの反応見てもわかるとおり、君みたいな子は本当に大歓迎だから」 「ありがとうございます。前向きに検討させていただきます」  真摯に受け応える群司に、門脇はうんうんと満足げに頷いた。 「いやほんと、例年の新入社員でもここまでできる子はいないって、もっぱらの評判だよ。新卒の子たちも充分優秀な子を採用してるはずなんだけどねえ」  門脇からすれば最大限の賛辞なのだろうが、この程度ではまだたりないというのが群司の率直な認識だった。  目的の領域に踏みこめるところまでは到底たどり着けていない。焦りは禁物だと己に言い聞かせつつ、いっそ大学は一旦わきに置いて、研究アシスタントに専念しようかとも考えていた。新年度がはじまるまえに休学届を出してしまえば、それも可能である。だが、ここまで来たら、このままバイトをつづけながら進級をして、採用に有利になる働きかけをしておくほうがいいのかもしれないと思いはじめた。  現時点でインターン以上の成果を上げられていることはたしかである。たかが一アルバイトの立場では、立ち入れないことのほうが多い。来年度の新卒枠に潜りこみ、正式に社員となるほうが得策なのかもしれないと考えなおした。  門脇は期待してるよと群司の肩に手を置いて去っていった。  できることなら一刻も早く手がかりを掴みたいと心が騒ぐ。正直、悠長に構えていられない心境なのはたしかだった。それでも、ことを()いて失敗するわけにはいかないのだ。  群司は焦る気持ちを、ぐっと腹の底に押しとどめた。

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