15 / 234

第2章 第2話(1)

 それからしばらくのあいだの出来事を、群司はよく憶えていない。うっすらと記憶に残っているのは、夕方、タクシーで迎えに来た父とともに母と三人で所轄の警察署に向かい、そこで検視結果に関する説明を受けたこと。数日のバタバタとした準備の後、ごく内輪の家族葬で兄を送ったこと。兄が借りていたマンションを引き払うため、親子三人で遺品整理に行ったこと。  所轄署で受けた説明の内容も、身内だけで執り行った葬儀の様子も、ぼんやりとした印象しか残っていなかった。  明るくておおらかだった母は、随分長いこと(ふさ)ぎこみ、パートの仕事にきちんと復帰するまでにかなりの時間を要した。群司は翌週には大学に行くようになったが、それ以外のことをなにもする気になれず、塾の講師と居酒屋、掛け持ちしていた両方のアルバイトを辞めて家にいることが多くなった。  できるだけ母を独りにしたくないという気持ちもあったが、群司自身の気力が削がれてしまったことが大きい。  年が離れすぎていて、優悟は群司にとって兄というより、もうひとり親がいるような感覚に近かった。だがその存在は、とても大きかった。中学時代、将来の夢に警察官と書いたことがある。それは、父の影響というより、兄の背中を追いかけたい気持ちがあったからだった。  警察学校時代も、警察官になってからも、兄はとても優秀だったと聞いている。実際、国家公務員試験Ⅰ種も充分合格圏内にいて、本来であれば、キャリアの道を選ぶことも可能だったという。  だが兄は、あくまで現場にこだわった。だからこそあえてノンキャリアとして、叩き上げの刑事となる道を選んだ。そしてそのことに、やりがいを見いだしていた。  その兄が、警察を辞める理由が群司には思いあたらなかった。むろん、離れて暮らす兄のすべてを知っていたわけではない。むしろ、知らないことのほうが圧倒的に多いだろう。それでも。

ともだちにシェアしよう!