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第3章 第2話(5)

 どうやら縁があるらしいと、群司はその存在をあらためて脳内にインプットする。相変わらず俯きがちで、長すぎる前髪に隠れた表情はよく見えないが、妙齢の美女、しかもこの会社を将来的には引き継ぐ予定の相手に対して、愛想よく対応している様子は見受けられない。それにもかかわらず、なにごとかを話しかけた令嬢は、それに対して生真面目に受け答えた男に楽しげな様子を見せて笑った。軽やかな笑い声が、離れた場所にいる群司にまで聞こえてくるようだった。  その彼女に、複数の男たちが近づいて声をかける。天城製薬の専務と常務、それから創薬本部の本部長。直接関わったことがなくても群司でさえ知っている、会社の重鎮たちだった。  来訪した社長令嬢が会議に出席すると聞いて急遽自分たちも参加することにし、仕事熱心をアピールするためにわざわざ挨拶に行った、といったところだろう。  追従(ついしょう)たっぷりの愛想笑いは(はた)で見ていてもまるわかりだというのに、立ち上がって古狸たちと向き合ったご令嬢は、花が開くような笑みを浮かべて挨拶を返している。人間ができていると言うべきか、はたまた、たんなる世間知らずなのか。 「八神くん、お待たせ」  談笑する彼らと、その傍らに影のように控えている男の様子をそれとなく観察していると、会議に使う機材の最終チェックなどを済ませた豊田が戻ってきて、声をかけられた。 「窓ぎわの後列の末席に椅子用意したけど、それでいいかな?」 「充分です、ありがとうございます」  群司がそう応えたところで、資料などを大量に抱えた坂巻がバタバタとあわただしく入室してきた。先程まではワイシャツ姿で袖をまくり、ネクタイの先端も胸ポケットにつっこんでいる恰好だったが、いまはきちんと身支度を調えて、いかにも有能な社会人といった雰囲気を醸し出している。  出入り口付近に固まっていた何人かと軽く挨拶を交わしながら、坂巻はプロジェクターわきに設けられた小机に着いた。それを見て皆、それぞれに席に着きはじめる。群司が会議室に到着してからも、さらに出席者の人数は増え、いまではざっと五十人超といったところだった。  群司も手渡されたレジュメを持って、用意してもらった席に移動する。 「え~皆様、大変お待たせいたしました。本日進行役を務めさせていただきます、バイオ医薬研究部の坂巻と申します。どうぞよろしくお願いいたします」  蚤の心臓などとぼやいていたのが嘘のように、堂々とした司会ぶりで坂巻が主導権を握る。急遽参加することになった社長令嬢や重役たちの紹介と彼らへの挨拶もそつなくこなし、無駄のない話しぶりに時折ユーモアなども加えてテンポよく進行していった。

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