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第3章 第2話(6)

 今回の会議は、坂巻班を中心に長年行ってきたターゲット分子の探索研究結果を踏まえ、新薬候補として創出された候補化合物を、具体的にどのようなプロセスで最適化し、有機合成していくかについて話し合うためのものだった。  実際には安全性や薬効薬理、物性分析、製剤化といったそれぞれの工程の中で独自に研究が進んでいくわけだが、それはそれとして、ある程度の共通認識を持っておくために必要な過程なのだという。 「――以上が、これまで我々が行ってきた研究の概要となります。ここまでのところで、なにかご質問がありましたらどうぞ」  坂巻の言葉に、スッと手が挙がる。許可を得て立ち上がったのは、社長令嬢に引率していた例の食堂の男だった。 「薬理研究部の早乙女(さおとめ)です」  そう名乗ったうえで、手短に挨拶をした。 「いまの坂巻主任の発表を踏まえたうえで、いくつか質問させてください。まず、今回、ハイスループットスクリーニングによって取得されたリード化合物のひとつめについてですが、機能解析の結果、評価する阻害剤がチェン=プルソフ式の前提を満たさなかったということで――」  手もとの紙面に視線を落としたまま淡々と言葉を紡いでいるが、思いのほかその声は落ち着いていて、澱みがなかった。  第一印象だけで判断するなら、いかにも気が弱く、オタク気質全開といった雰囲気なのだが、見事に隠しおおせている本来の姿を群司は目の当たりにしている。ほんの一瞬垣間(かいま)見ただけだが、それでも充分、強烈な印象を残す容姿を持ち合わせていた。それだけに、生真面目な学者然とした地味で目立たない眼前の風貌に、強い違和感と関心を持たずにはいられない。あれほどの美貌を、なぜここまで完璧に隠しおおせることができるのか。否、あえてそう見せかける理由とは、いったいなんなのだろうか。  早乙女と名乗ったあの男は、冴えない研究者という印象を他者に与えるよう、意図的に振る舞っている。偽りの人物像を演じているというのが正しいかもしれない。

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