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第3章 第2話(7)
俯きがちで、人とコミュニケーションを取るのが苦手そうな雰囲気を前面に押し出しながらも、こうして大勢のまえで臆することなく己の意見を口にし、緊張しているそぶりすらない。
ぱっと見たかぎりでは、どうしても隣に座る社長令嬢に目がいく。だがそのじつ、華やいだ美貌を持ち合わせる彼女より、いま発言している男のほうが遙かに端麗な容姿をしているのだということに気づいている人間が、果たしてこの中にどれだけいるだろうか。おそらくはだれも、気づいてはいまい。
だれもそんな目で彼を見ていないし、本人が見せかけるとおりの、地味で冴えない人間という印象しか抱いていない。食堂でのあの一瞬がなければ、群司もまた、間違いなく気づかずにいただろう。
それほどまでに、完璧な擬態だった。
だからこそ強い疑念が湧く。知らずにいたなら、こうして発言していても、ただの出席者のひとりとしか思わなかっただろう。この会社に潜りこんだ本来の目的を果たすため、居合わせた人間の中に怪しいそぶりを見せる者はいないか、群司はほかに注意を向けて様子を探っていたに違いない。
目をつけるとしたら、いちばんの要注意人物は『ルイ』という名を持つ社長令嬢で、その次が社内の機密事項に通じている可能性が高い重役連中。そして、各部署から参加している主任クラスの者たち。
そのあたりに重点を置いていたことは間違いない。
だが、いまざっと見る範囲で、彼らの中にも、それ以外にも、気になる様子を見せている人間はひとりもいない。むろん、こんな場所でそうそう怪しいそぶりを見せることはないだろうが、それを踏まえたうえでなお、早乙女という男がもっとも胡散臭かった。
気になる点はほかにもある。食堂で自分を見たときのあの反応。
たしかに考えごとをしていたせいで、無遠慮な視線を投げていたのかもしれない。そうは思うものの、あの反応はあまりにも極端だった。
見ず知らずの男に凝視されていたからというより、あきらかに群司本人を認識したうえでの反応だったような気がしてならなかった。だとすれば、群司に対して咄嗟にそうなるだけの、特別な理由が彼にはあるはずだった。
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