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第3章 第2話(8)

 気がつけば、会議の場は話がさらに進行し、基質濃度の可変範囲に関することや、リガンド結合がどうこうといった内容について、他部署からの参加者たちも加わって熱心な議論が展開されていた。  早乙女も変わらず、淡々とした口調でさまざまな意見に対する自身の見解を述べている。その豊かな見識や鋭い指摘に、ややたじろぎながらも坂巻が補足を加え、より具体的な指針を示して今後の段取りについてまとめ上げていった。 「え~、今後の方針はおかげさまでだいぶまとまりましたので、本日の創薬本部合同会議は以上をもちまして終了とさせていただきたいと思います。ご列席の皆様、長い時間大変お疲れさまでした」  坂巻がそう締めくくったのは、会議がスタートしてから二時間半後のことだった。 「新薬開発に向けて、引きつづき各部署との連携を取りながら研究を進めていく所存ですので、皆さん、ご協力のほどよろしくお願いします」  頭を下げたあとで、飛び入り参加した重役たちのほうへ視線を向ける。 「後藤専務、よろしければお言葉をいただけますか」  コメントを求められて、社長令嬢の隣に座る恰幅のいい初老の男が立ち上がった。早乙女が左隣。専務の後藤は右隣に位置していた。 「あ~、皆さん、本日はお疲れさまでした。運よく午後のスケジュールが空いたおかげで、こうして会議に参加し、大変有意義な時間を過ごすことができました」  もったいぶった調子で咳払いをひとつして、後藤は話しはじめる。 「日々のたゆまぬ努力の成果がこうしてひとつの形となり、新薬開発の扉を開く第一歩となったことを心から喜ばしく思います。優秀な皆さんが人類の未来のために心血を注ぐ姿を垣間見ることができたこの時間は、私にとりましても望外の喜びでした。バイオテクノロジーの発展は、なかなか一足飛びというわけにはいきません。たったひとつの結果を出すために、ときには何千回、何万回という実験を繰り返し、それでも報われないこともしばしばある。ですが崇高な理念に基づく皆さんの真摯な取り組みは、長い目で見たときに決して無駄にはならない。必ず実を結ぶときが来るでしょう。本日ご出席くださった天城特別顧問も、大変感銘を受けておられました」  そうですね?と、いささかわざとらしく同意を求める後藤に、社長令嬢はあでやかな笑みを返して優雅に頷いた。

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