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第3章 第2話(9)

「我が社にとって、皆さんはひとりたりとも欠くことのできない貴重で大切な人材です。これからもひとりひとり、誇りと信念を持って、研究の道を邁進していただきたい。今後の活躍に期待しています」  自己陶酔気味の余韻を残して演説を締めくくると、後藤は満足げに息をつき、着席した。室内に拍手が巻き起こる。その拍手が落ち着くのを待って、あらためて坂巻が口を開いた。 「後藤専務、ありがとうございました。いただいた激励のお言葉を胸に、創薬本部一同、今後も一丸となって真摯に研究に取り組んで参りたいと思います」  世慣れた社会人らしく謝辞を述べる坂巻に、後藤は鷹揚に頷いてみせた。 「それではそろそろお開きにしたいと思いますが、最後に、気になることや質問などがある方がいれば遠慮なくどうぞ。とくに発言されてない方の中で、どなたかいらっしゃれば」  それらしいそぶりを見せる者がいないか、坂巻は室内を見渡す。坂巻の場所からちょうど対角線上の末席にいた群司は、発言しようとする者がだれもいないことを確認したうえでスッと手を挙げた。気づいた坂巻が、わずかに目を瞠る。 「あ~、えっと、そちらの君――八神くん?」  戸惑い気味に指名されて、群司は立ち上がった。 「すみません、部外者なのに恐縮です。僕が発言しても?」 「もちろんどうぞ」  かなり困惑した様子ではあったが、坂巻は群司に発言の許可を与えた。 「バイオ医薬研究部で研究アシスタントをさせていただいてます、八神群司です」 「え~、八神くんは現在、桂華大学の四年生で、今年の二月からうちの部署で手伝いをしてくれています」  坂巻が補足を加えつつ、会議室にいるメンバーに紹介をした。 「非常に優秀かつ将来有望な若者で、彼がアシスタントに入ってから、我々もおおいに助かっているところです。今日のこの会議の資料作りも、ほぼ彼が引き受けてまとめ上げてくれました。実験データの集計なども安心して任せられるので、得がたい人材ということで、企業か院か、今後の進路について現在検討中という彼のハートを是が非にも射止めんと、バイオ医薬研究部一丸となって、あの手この手で誘惑――いえいえ、勧誘中であります」  ユーモアを交えた坂巻の紹介に、会議室内に笑いが沸き起こった。 「そんなわけで、下心半分、彼の将来を決定づける指針として少しでも役立ててほしい気持ち半分で今回の見学を許可しました。会議を実施するにあたっての立て役者のひとりでもありますので、なにぶん、ご理解ください」  場の空気を充分なごませた坂巻が、視線で群司に発言をうながす。受け止めた群司は、ほんのわずか、頭を下げて坂巻に謝意を示した。

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