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第3章 第2話(10)

「あらためまして、坂巻主任はじめ、バイオ医薬研究部の皆さんに、このような貴重な機会を与えていただけたことに感謝します。大学では生物学を専攻していますが、研究アシスタントという立場で諸先輩方から専門知識をじかに学べる機会を得られた幸運を、日々噛みしめているところです」  群司は淀みない口調で話しはじめた。 「現在、大学では遺伝子編集に関する研究に携わっています。そこで、本日見学させていただいた会議の内容について、ゲノム創薬の観点から教えていただきたいのですが、近年では解析した遺伝子情報から個人の治療法を組み上げるオーダーメイド医療が主流になりつつあるかと思います。その結果として、集積されたヒト遺伝子情報も膨大な数にのぼり、データベースの構築も進んでいると聞いています。今回議題に挙がった候補化合物の中にもゲノム配列に大きく作用するものがいくつか含まれていましたが、その中から新薬が生み出された場合、その汎用性はどのくらい見込めるとお考えでしょうか?」  群司の問いかけを、坂巻は真摯に受け止めた。 「あ~、そうですね。今後の研究の流れによっても結果は異なってくるので現時点で明言することは難しいんですが、どういう結果であるにせよ、汎用性についてはそれなりに高いものが期待できるんではないかと考えています。むしろそうなることを期待して、我々もこれまでの研究を進めてきているので」 「では、薬を服用することで、遺伝子情報の書き換えも可能になりうるということでしょうか?」  群司はさらに切りこんだ。 「たとえば、取得した個人の遺伝子情報の中から発症の可能性がある疾患を特定して、発症前に修復をうながす、といったような」 「そうですね。現段階ではまだそこまでには至っていませんが、研究や開発が進んでいく中で、そういったことも実現していく可能性は充分あると思います」 「そうなると今後は、疾病にかぎらず、個人の希望に合わせて遺伝子情報をデザインしていく時代が来ることも夢ではない。そういう認識で間違いないでしょうか? 受精卵の段階で編集するのではなく、生を受けたそのあとで」 「まあ、さすがに手術を受けずに性転換するとか、そこまでは難しいでしょうが、不可能ではないかと思います。いえ、いずれはそういうことも可能になる時代が来るかもしれませんが」  そう言ったあとで、ただしと坂巻は付け加えた。

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