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第3章 第2話(11)

「クローンやデザイナーベビーでも言及されたように、こういった案件には必ず倫理面の問題が付随してきますので、技術的な部分とはまた違ったところで、難しい問題も出てくるでしょう。そこだけは、研究を志す者としてつねに念頭に置いておくべきかと思います」 「なるほど、たしかにそうですね。ありがとうございました、とても参考になりました。議題からは少し脱線した質問になってしまって申し訳ありませんでした」 「いやいや、大変興味深い質問内容でした。八神くん自身も研究者の道を歩んでいる真っ最中ですので、うかうかしてると我々はあっという間に追い抜かれてしまいそうだけど、それはそれで頼もしいかぎり。期待してます。新薬開発の先駆者となったあかつきには、ぜひともこちらから教えを請いたいところです。でも就職するんだったら、余所に行かないで絶対うちに来てね。また焼き肉でもなんでも、好きなもの奢るからさ。絶対だよ!――あ、いまのは完全に買収なので、皆さん、ここだけのオフレコにしてください。連帯責任ですよ?」  ふたたび会場内の笑いを誘って、会議は終了となった。  室内の空気がやわらぎ、出席者たちは皆、思い思いに荷物をまとめはじめる。群司も、配付された資料を手に、席を立った。前方では、プロジェクターなどの機材を坂巻班のメンバーが片付けはじめていた。  ひと仕事を終え、肩と首の凝りをほぐすような仕種をした坂巻に、飛び入り参加した重役たちがねぎらいの言葉をかける。坂巻は途端に居ずまいを正し、恐縮した様子で頭を下げた。  彼らは鷹揚に笑いながら坂巻の肩をポンポンと叩き、会議室を出て行く。人の波が落ち着いた頃合いを見計らって、群司は坂巻たちの許へ足を向けた。 「お疲れさまでした」  声をかけた群司の顔を見るなり、坂巻は眉根を寄せて笑う。 「も~、群ちゃん、勘弁してよ。変な汗出ちゃったじゃん」 「すみません。ほかに質問の声が挙がらなさそうだったので、つい」  本心ではまんざらでもなさそうな口調で文句を言われて、群司も笑いながら謝罪した。 「けど、本当に勉強になりました。見学、許可していただいてありがとうございました」 「いいのいいの、群ちゃんのおかげでこうして無事、会議も終わらせることができたしね。冗談抜きで今度また、飯行こう。慰労会」 「はい、ぜひ。楽しみにしてます」  応えた群司の背後に、人の気配が近づく。ふわりと上品に漂う、甘い香りが鼻腔を刺激した。

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