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第3章 第2話(12)

「八神くん、とおっしゃったかしら?」  呼びかけられて振り返ると、すぐ後ろに社長令嬢の姿があった。その傍らには、早乙女の姿もある。群司は瞬時に表情をあらためた。 「あ、はい」 「優秀でいらっしゃるのね。最後の質問、とても興味深かったわ」 「ありがとうございます。部外者の立場で出しゃばってすみませんでした」 「あら、そんなこと」  艶めいた口唇(くちびる)をほころばせて、天城(あまぎ)瑠唯(るい)は品良く笑った。 「学生さんに発破をかけられて、出席した皆さんもうかうかしてられないと逆にいい刺激になったのではないかしら」 「おっしゃるとおりかと思いますよ」  すかさず坂巻も賛同した。 「最初に早乙女さんにこてんぱんにやられて、なんとか切り抜けられたと思ったら最後の最後で思わぬダークホースが現れましたからね。寿命が縮まる思いでしたよ」 「あら、とてもそんなふうには見えませんでしたわ。むしろ余裕たっぷりで、さすがチームリーダーを務められるだけあると感心してましたの。わたくしのような素人にもわかる説明をしてくださって、とても素晴らしかったですわ」 「おっと、ではいまの言葉はなかったことに。できのいい後輩の手前、示しがつかなくなってしまいますからね」  坂巻の軽口に令嬢が愉しげに笑っても、傍らに控える早乙女はニコリともしないどころか会話に加わる様子もない。自分の名前が話題に挙がったにもかかわらず、無表情のまま視線を落とし、彫像のように佇立していた。首から提げた社員証に、『早乙女圭介』とある。 「八神くんは研究アシスタント枠で天城製薬(うち)にいらっしゃってるということだけれど、このあともずっとつづけていらっしゃるの?」  質問を投げかけられて、群司は視線を戻した。

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