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第3章 第2話(13)
「あ、そうですね。卒業がかかっているので、論文のほうが切羽つまってきたらどうなるかわからないんですけれども、可能なかぎりはつづけたいという希望はあります。ここにいると、本職の方たちからも専門的なアドバイスもいただけるので……って、打算的すぎますかね」
「いいえ、すぐ近くに頼りになる先輩たちがいるんですもの。おおいに活用なさるべきよ」
やわらかな口調で言って、令嬢はにっこりと笑んだ。
「さっき、坂巻さんもぜひ我が社にっておっしゃってたけど、ご本人は正式採用については、あまり乗り気ではないの?」
「あ、いえ。全然そんなことはないです」
群司は即座に答えた。
「少しまえまでは進学と就職でどちらかといえば前者のほうに比重が傾いてたんですけど、こうしてこちらでお世話になるようになってから、だいぶ意識も変わりました。進学してそのまま大学の研究室に残って、っていうのももちろん魅力的なんですが、坂巻さんたちの姿を間近で拝見してると、就職するのもありかなって」
「遺伝子編集を研究してらっしゃるんでしたわね」
「そうですね。といっても、学部生の立場なので、まだそこまで本格的なものではないですけど」
「とても優秀だという評判はわたしの耳にも届いてますし、この先が楽しみだわ」
手放しで褒める令嬢に、群司は恐縮ですと控えめに応じた。
「じつはわたしも、とても強い関心を抱いてきた分野なの。だからぜひ、ゆっくりお話を伺いたいわ。よかったら今度あらためて――」
「瑠唯さん」
ずっと沈黙を保っていた早乙女が、不意に会話に割りこんできて社長令嬢の注意を引いた。
「そろそろ、お時間なのでは?」
唐突に言われて、令嬢は手もとの時計を確認すると「あら、ほんと」と呟いた。
「ごめんなさいね、このあと病院の予約が入ってるの」
お話の途中だったのに残念だわと不満そうな表情を見せる。
「わたしね、以前はとても身体が弱くて、自由に外を出歩けなかったの」
「いまはもう、大丈夫なんですか?」
「ええ、おかげさまで。それもこれも、新薬開発に心血を注いでくださってる坂巻さんや早乙女さんのような研究者の皆さんのおかげ。病院の先生の治療ももちろんだけど、わたしがいまのこの身体を手に入れられたのは、すべて新薬がいい方向に作用してくれたおかげなの。だからわたしは、研究者の皆さんがよりよい環境で仕事に打ちこめるよう、自分にできる精一杯で協力させてもらいたいって、そう思ってるのよ」
素人があまり出しゃばってはかえってお邪魔でしょうけど、と令嬢は笑った。
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